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菅直人氏の退陣を惜しむ

三島憲一

三島憲一 大阪大学名誉教授(ドイツ哲学、現代ドイツ政治)

●菅直人氏は規範的現実主義を体現していた

 不信任案の通過を避ける緊急避難作戦で、両院議員総会で退陣を表明した以上、一定の時期がくればやめざるを得ないのは仕方ない。

 だが、その不信任案は、金づるが切れて早く権力に戻りたい自民党と、小沢一郎氏が裏で糸を引いている民主党内部の反主流派の呉越同舟(いやひょっとして共同画策?)だった。小沢氏は自ら招いた責任で党内野党に甘んじるのが不満だったのだろう。

国民栄誉賞の表彰式でサッカー日本女子代表チームの佐々木則夫監督(右)、沢穂希主将(左)と=8月18日、首相官邸
 だが、国会での提案理由はともかく、政界が、官僚が、そして大新聞が、したがって「世間」が菅直人氏を見放した理由は、小生にはいまひとつぴんとこない。

 原発事故のあと、官僚を怒鳴り散らしたといううわさ話は、本当か嘘か知らないが、そうした内輪の個人的なスタイルだけが国民の代表者たちの権力闘争の理由であるはずがない。

 根回しがなく、思いつきで発言するという批判もなされたが、「思いつき」をもっといい表現で言えば、アイデアであり、考え方であり、ビジョンである。政治家がもっとも必要とするものである。

 浜岡原発停止の要請には、いかなる法的根拠もない理不尽な圧力という批判があったが、はるかドイツの首相メルケル氏がフクシマの直後に行った、昨秋に運転延長を決めた7つだか8つだかの原発の運転停止の要請も、いかなる法的な根拠もなかった。これは小生がフランクフルト大学のちゃきちゃきの法学部教授にたしかめたところだからまちがいない。でも、メルケルの決定を批判したのは、電力関係者だけだった。してみると、……。その先は言う必要がないだろう。

 菅直人氏と自民党の河野太郎氏以外は、共産党は別にして、おもだった国会議員の全員が東電ないしそれに準じるところから金をもらっていたという議論も週刊誌で読んだことがある。十分にあり得る。要するに普通の利権政治のリズムでやっている政治家や官僚には菅直人氏のやり方がまったく理解できなかったのだろうと推測せざるを得ない。利権にもとづく利害対立なら足して2で割る古典的な方式から始まって、ディーリングと言えば聞こえがいいが、適当なところで「手を打つ」方法はいくらでもあろう。

 でも、菅直人氏のビジョンには、市民運動出身にふさわしく、実現のためのこざかしい芸が含まれていなかった。そういう裏芸に慣れていて、記者クラブを通じてそれなりの序列で遇されている新聞記者諸公も、リズムが狂ったのだろう。理由もなく毛嫌いし始めたようだ。

 よく言われる、地震のあと、むやみに会議を立ち上げ、やみくもに内閣府参与を任命し、官僚機構を無視したという批判も、「一刻も早くやめろ」という理由としては

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