鈴木一人(国際政治経済学)
2011年09月06日
多くの被害を出した大型台風で締めくくられた今年の夏。日本の夏は、お盆と終戦記念日が重なるため、鎮魂と平和の季節となっているが、東アジアでの季節感はずいぶん異なっている。日本における終戦記念日は、韓国では「光復節」と呼ばれる独立記念日になっており、中国では戦勝記念日である。東南アジアの国々においても、様々な受け止め方はあるが、日本による占領が終わった日として記憶されている国も多い。
つまり、東南アジアを含む東アジア地域における国家は、独立して60数年しか経っていない、あるいは戦争(朝鮮半島・ベトナム)や内戦(中国)によって第二次大戦後に建設された、「若い国家」が多い。
若い国家が多いということは、領域の確定や国家の正統性といった問題が十分に解決されていない国々がこの地域を構成しているということを意味している。ヨーロッパのように長い年月をかけて国境紛争や国家間対立を繰り返し、その結果として、それぞれの国家がどこまで支配するのか、そしてその支配が「正統」と見なされるようになってきた。
しかし、東アジアでは、そうした歴史が浅いため、多くの国が国境紛争を抱え、支配の正統性をめぐる問題を抱えている。日本は韓国・中国・ロシアと国境問題を抱え、朝鮮半島は未だに南北分断が休戦状態のままであり、中国は台湾・チベット・新疆ウイグル問題のみならず、中印国境や南シナ海の領有問題を抱えている。
また、東南アジアの国々の間でもタイとカンボジア、インドネシアとマレーシアなど、特定の地域の領有権を巡る対立は少なくない。これらの問題は現状では一応凍結状態としながらも、折に触れ、国際関係の表面に現れ、地域の秩序を不安定化させる要因となっている。
こうした国家の支配領域を巡る問題の解決は、大きく分けて三つの方法がある。一つは、国際司法裁判所による仲裁を通じた国境画定である。数は多くないが、ボリビアとペルーやアルゼンチンとチリの国境画定などの実績があり、カンボジアとタイの国境を巡る問題も、今年に入って国際司法裁判所が関与するようになり、暫定的ながら問題解決の糸口が見え始めている。
国際司法裁判所の権威を受け入れるだけの国際社会への帰属意識や国際法への敬意がある国であれば(ラテンアメリカは独立後150―200年経って国際司法裁判所の判決を受け入れるようになった)、こうした問題解決は有効であるが、「若い国家」が多い東アジアにおいては、そうした権威よりも自らの主権へのこだわりを強く持つ国が多く、実現は簡単ではない。
次の解決方法として挙げられるのが、交渉による解決である。これには、先日の「北大HOPSマガジン」で遠藤乾氏が論じた(「領土、利益、平和――北方領土から日本外交を考え直す」)ような領土と引き換えに平和的関係を得るということも含まれる。しかし、交渉による領土問題の解決は、かなり大胆な戦略が必要であり、主権や独立にこだわる「若い国家」としてはなかなか受け入れがたく、国内からの反発を抑えることも容易ではないため、東アジアの国境紛争が交渉で解決することを期待することは難しい。
ゆえに、東アジアにおける国境問題は、しばしば第三の解決方法である、武力による解決という色彩を帯びやすくなる。近年の中国の軍備強化には、台湾海峡問題に外国(とりわけアメリカ)が関与することを難しくさせる目的が含まれている。また、それが南シナ海の島々を巡る領有権問題にも波及することで、東南アジア諸国にも中国脅威論が高まるようになり、各国が主張する領域を防衛するための軍備強化が進められている。
このように、東アジアに「若い国家」が集合的に存在しているため、領域支配が確定していないことや、その領域支配の正統性を武力によって獲得しようとするインセンティブがあることが、この地域における軍備拡大をもたらしている。
ところが、こうした対立的な国家間関係を見て東アジア情勢を論じるだけでは、この地域の全貌を理解することはできない。
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