2011年09月15日
そのリンカーンの新しい伝記の翻訳が今年2月に出版されている。ドリス・カーンズ・グッドウィン著、平岡緑訳『リンカン(上) 南北戦争勃発』、『リンカン(下)奴隷解放宣言』(中央公論新社、2011年)である。原著は、2005年に出版されている。「リンカーンの政治的天才・ライバルたちのチーム」というのが、タイトルの直訳である。
この伝記は、リンカーンが共和党の大統領候補に指名された1860年から暗殺された1865年までの期間に焦点を当てている。この期間にアメリカは、南北戦争という悲劇を経験した。しかし同時に奴隷制度を廃止するという大きな一歩も踏み出した。アメリカが最も苦難に直面し、しかしながら大きく前進した数年間の物語である。
著者のグッドウィンは、同僚として共に戦争を指導し奴隷制度を廃止したシワード国務長官やチェース財務長官などとリンカーンの間の政治的そして人間的な交叉と交流を再構築している。つまり周辺の人物の視点から幾つもの光線を当てて、ちょうどホログラムを創り出すようにリンカーンの政治的な天才ぶりを立体的に浮かび上がらせている。
そのために、リンカーンばかりでなく、閣僚たちの政治的やキャリアと人柄を描き出している。つまり、この「リンカーン大統領」の伝記は、国務長官や財務長官の伝記をも包含している。幾つもの伝記が支えあって、リンカーンという偉大な人物像を立ち上がらせている。
大変な力技である。著者は、当時の新聞、リンカーン周辺の人物の日記、その家族の日記、書簡などの膨大な量の一次資料を読み込んでいる。その成果が1ページ1ページに説得力を与えている。ホワイト・ハウスのカーテンの色から絨毯の材質まで、さらにはパーティーでのご婦人たちの衣装から、リンカーンの数知れぬジョークまで、丁寧に記述してある。実際に映像を見せられているような感覚にとらわれる。神々は詳細に宿るという言葉を思い起こさせるような綿密な描写が続く。
そこには、風景ばかりでなく、登場人物たちの恐れ、希望、嫉妬、感情までもが活写されている。歴史上の人物たちが、時には声を高め激しく議論し合う声音までが、時には声を低めて密談する息遣いまでもが聞こえてきそうである。
本書の叙述が教えてくれるのは、
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