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【欧州エネルギー事情】 ドイツ編(1)――新たな文明への挑戦、脱原発の倫理と論理

脇阪紀行

脇阪紀行 大阪大学未来共生プログラム特任教授(メディア論、EU、未来共生学)

●倫理委員会の顔

 約束の時間がきても、老人は話を切り上げようとしなかった。日本人に自らの思いを伝えたい。強い意思が感じられる。

 ドイツの首都ベルリン。ブランデンブルグ門近くにある名門ホテルの喫茶室で、コーヒーを手に老人はこう切り出した。

 「今回の決定がまったく新しいものだとは考えないでほしい。原発を段階的に廃止する。これは社会民主党・緑の党の連立政権が2001年に一度決めていることだからね」

拡大倫理委員会のクラウス・テプファー委員長=筆者撮影

 ダークスーツに濃紺のネクタイ。連日、講演や取材をこなしているという。食欲がわいたのか、ホテルのスタッフにランチメニューをたずねた。73歳とは思えないほど顔色がいい。

 クラウス・テプファー氏。原発の是非を諮問するためメルケル政権が2011年4月初めに設けた倫理委員会の委員長をつとめた。

 各界の代表17人からなる倫理委員会は5月30日、「10年以内に脱原発を行うのは可能であり、望ましい」とする報告書をまとめた。翌日、メルケル政権は脱原発方針を閣議決定した。後から振り返れば、ドイツの脱原発の方向を理論的に支え、決定づけた報告書だということがわかる。

 半年前の2010年秋、メルケル政権は原発の運転期間を平均12年間延長すると決めていた。そして2011年3月11日、福島第一原発の事故が起き、原子炉を襲う大津波や水素爆発の映像がドイツにも報じられた。3日後の14日、メルケル首相は急きょ、17基の原発のうち1980年以前に造られた7基の古い原発の運転の一時停止と安全点検を命じた。

 原発推進へおそるおそる踏み出した足をあわてて引っ込め、どうしようかと迷っている。そんな構図だった。

 ドイツ各地では、「原発を止める」「原子力はいらない」とのプラカードを手に、何千、何万もの人々がデモや集会で街に繰り出していた。世論調査では、国民の8割前後は原発に不信感を持っていた。

 3月27日、南西部バーデン・ビュルテンベルク州の議会選挙で、原発反対を訴える野党・緑の党が躍進した。長年の保守の地盤が崩され、メルケル首相率いるキリスト教民主同盟は打ち砕かれた。脱原発への回帰を求める声は、政治でも地殻変動を起こした。

●ドイツにとってのアポロ計画

 さて、倫理委員会の委員長という大役を引き受けたテプファー氏である。 ・・・ログインして読む
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筆者

脇阪紀行

脇阪紀行(わきさか・のりゆき) 大阪大学未来共生プログラム特任教授(メディア論、EU、未来共生学)

1954年生まれ。79年に朝日新聞社に入社、松山支局などを経て大阪本社経済部に。90年からバンコクのアジア総局に駐在。米国ワシントンでの研修を経て97年からアジア担当論説委員。2001年からブリュッセル支局長。06年から論説委員(東南アジア、欧州など担当)。2013年8月末に退社、9月から、大阪大学未来共生イノベーター博士課程プログラム特任教授。著書に『大欧州の時代――ブリュッセルからの報告」(岩波新書)、『欧州のエネルギーシフト』(岩波新書)。

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