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歴史的な国連演説に各国はどう応えるか?

高橋和夫

高橋和夫 放送大学教養学部教授(国際政治)

 2011年9月23日、パレスチナ暫定自治政府のアッバース議長が、ニューヨークの国連本部で、独立国家としての正式な加盟申請を潘基文事務総長へ手交した。その後に国連総会で演説を行い、申請を認めるよう加盟各国に訴えた。申請を付託された安全保障理事会は26日に対応を非公式に協議した。

 加盟申請に関しては、安保理でのアメリカによる拒否権の行使が予想される。アメリカは、その必要なしに済ませようと、そもそも加盟申請そのものをやめさせようとの説得に努めた。この圧力によってアッバース議長が申請を断念するのではないかとの見方も根強かった。

9月23日、国連総会での演説を終え、拍手に応えるパレスチナ自治政府のアッバス議長=ニューヨーク

 それゆえ申請自体が、ニュースであった。そして、国連総会でのアッバースの演説が続いた。アッバースの言葉は明確であり、その演説は力強かった。演説は何度も拍手でさえぎられた。そして、その終わりは、ひときわ大きな拍手を引き起こした。多くの代表が立ち上がってアッバースとパレスチナ人に敬意を表した。

 演説は、くすんだイメージの指導者であったアッバースを今回の国連総会で最もスポット・ライトを浴びる存在に変えた。アッバースは、この申請と演説により人々の記憶とパレスチナ人の歴史に深い足跡を残した。

 この日のアッバースの行動を受けて、アメリカ、EU、ロシアそして国連によって構成される中東和平のカルテットは、和平交渉の再開を提案した。しかし、パレスチナ側が前提として求めてきたイスラエルによる入植活動の凍結には言及しない提案であった。交渉を続けているふりをしながら、イスラエルはパレスチナ人の土地を奪い入植地の建設を進めてきた。パレスチナ人がよく使うたとえを引用すれば、二人でピザをどう分けるか話し合おうとしているのに、一人がピザを食べているような状況であった。もちろん食べているのはイスラエルである。

 カルテットは入植の凍結を求めずに交渉の再開だけを提案した。アッバースが演説の中で三度繰り返した「もう十分だ」という言葉が聞こえなかったかのような提案であった。これを、世界の大半は冷笑し、アッバースは拒絶した。

 アッバースの今回の動きの背景にあるのは、まずオバマ政権に対する失望である。2月にイスラエルによる占領地への入植活動を非難する安保理決議をアメリカは拒否権で葬った。また5月にミッチェル元上院議員が中東特使の職を辞した。ミッチェルは北アイルランド問題の調停や大リーグの薬物疑惑の調査などで名を馳せた大物政治家で、オバマによって中東特使に任命された。

 しかし、ミッチェルの2年間の努力にもかかわらず中東和平は停滞したままであった。ミッチェルの辞任はオバマの中東政策の停滞を象徴していた。 現在、「アラブの春」という現象が進行している。アラブ世界の民衆は自由を求めて立ち上がった。アメリカもヨーロッパも、ためらいがちながらも、この民主化への希求を支持した。

 ところがパレスチナ人のみが占領下で苦しんでいる。なぜパレスチナ人だけが例外なのか。これがアッバースを加盟申請へと突き動かした心理的な風景であった。こうした状況を考慮すると、また申請と演説がパレスチナで引き起こした興奮から判断すると、この時点でアッバースが正式加盟以外の何らかの妥協案を受け入れるとは予想し難い。

 となると、パレスチナの加盟申請は、安保理で討議されざるを得ないだろう。安保理でパレスチナの加盟を認める決議を成立させるためには、15カ国のメンバーのうちの9カ国以上の賛成と、5常任理事国全ての賛成を必要とする。アメリカは拒否権行使を明言している。来年の大統領選挙を控えてアメリカ国内のイスラエル支持勢力の機嫌を損ねる気概はオバマにはないからである。となると申請の否決という結果は投票の前から分かっている。

 しかし、それでも各国の投票行動が注目される。アメリカ以外の常任理事国は、どう投票するだろうか。

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