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人類は全てカダフィの影で生きている

高橋和夫 放送大学教養学部教授(国際政治)

 人類は全てカダフィの影で生きている。それはカダフィが石油の高価格の時代を開き、その時代が現在まで続いているからである。カダフィの歴史的な評価に関して言えば、その他は全てマイナーな問題に過ぎない。

 1969年にクーデターで政権を奪取したカダフィは、リビアの唯一の外貨収入源とも言うべき石油収入の増加を図った。1960年代は石油価格の低迷した時代であった。そこでは、欧米のセブン・シスターズとよばれる七つの石油会社が圧倒的な支配力を石油市場で発揮していた。

拡大カダフィ政権軍によって破壊され、黒こげになったブレガの製油所の施設=2011年9月

 しかし1960年代末から石油市場の状況はリビアに有利に傾き始めていた。まず1967年の第三次中東戦争があった。この戦争はイスラエルの圧勝に終わった。イスラエルがエジプトからシナイ半島を奪った。

 その結果、スエズ運河の東側までをイスラエルが支配し、スエズ運河をはさんでエジプトとイスラエルが向かい合うようになった。スエズ運河は通行が不可能になった。ペルシア湾岸の石油をヨーロッパに運ぶのに、アフリカの南端の喜望峰周りを利用するしかなかった。タンカーの燃料代だけでも大変に余分な負担であった。タンカーの運賃が高騰した。

 しかも1970年5月にサウジアラビアの油田からレバノンを結ぶパイプラインが切断される事故が起こった。このパイプラインはTAP(トランス・アラビアン・パイプライン)と呼ばれており、日量50万バレルの石油を、サウジアラビアからレバノンまで、つまりペルシア湾岸から地中海まで運んでいた。ところが1970年5月にパイプラインが切断された。中東情勢の悪化を背景とした事件であった。この事件は、またしてもタンカー運賃のさらなる高騰を引き起こした。運賃は3倍になった。

 スエズ運河の閉鎖、そしてTAPの切断はペルシア湾岸の原油をヨーロッパやアメリカに運ぶのを、難しくした。その分だけ、リビアの石油の価値が上がった。ヨーロッパと目と鼻の先にあるリビアからなら石油の輸送コストが安いからである。しかもリビア原油は硫黄分が少なく燃やした際に空気を汚さない。石油業界ではリビア原油をスィート(甘い)と呼ぶ。リビアの石油は、石油会社にとっては利益を生む甘い汁であった。

 そうした状況を背景にカダフィ政権は、 ・・・ログインして読む
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筆者

高橋和夫

高橋和夫(たかはし・かずお) 放送大学教養学部教授(国際政治)

北九州市出身、放送大学教養学部教授(中東研究、国際政治)。1974年、大阪外国語大学ペルシャ語科卒。1976年、米コロンビア大学大学院国際関係論修士課程修了。クウェート大学客員研究員などを経て現職。著書に『アラブとイスラエル』(講談社)、『現代の国際政治』(放送大学教育振興会)、『アメリカとパレスチナ問題』(角川書店)など多数。ツイッター https://twitter.com/kazuotakahashi ブログhttp://ameblo.jp/t-kazuo 

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