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【北大HOPSマガジン】 TPP論議のロジックとレトリックを検証する――何のための交渉参加か

鈴木一人(国際政治経済学)

鈴木一人 鈴木一人(北海道大学公共政策大学院教授)

 野田佳彦総理は、APEC(アジア太平洋経済協力会議)出発直前の11月11日に「TPP(環太平洋経済連携協定)交渉参加に向けて、関係国との協議に入る」ことを明らかにし、日本がTPPに参加する第一歩が踏み出された。

拡大APEC首脳会議での野田佳彦首相(左)とオバマ米大統領=2011年11月13日、ホノルルで

 交渉参加に反対する山田正彦前農相は交渉参加ではなく事前協議でとどまったとして安堵の声を漏らした。だが、「事前協議」というのは交渉のテーブルに着くことを各国が了解するための作業であり、とりわけアメリカは議会の承認を得ないと交渉のテーブルに着くこともできない。このため事前協議は不可欠な作業であり、「事前協議にとどまる」という評価は無意味であろう。

 この野田総理の声明は紛れもなく、日本がTPP交渉に参加することを明らかにしたものである。

●推進派の神話

 では、日本は何のためにTPP交渉に参加したのであろうか。いわゆる「推進派」といわれる人たちが用いたロジックやレトリックを少し検証してみよう。

 まず、「TPPはアジア太平洋のダイナミックな経済を取り込むことができる」というメリットが強調される。しかし、アジアで最もダイナミックな経済といえる中国やインドネシア、韓国、タイなどはTPP交渉に参加しておらず、アジアの国々といえばマレーシア、ブルネイ、シンガポール、ベトナムが参加しているだけである。このうち、日本はマレーシアとシンガポールとはEPA(経済連携協定)をすでに結んでおり、ベトナムやブルネイがメンバーであるASEANともEPAを結んでいる。

 つまり、日本にとってアジアのダイナミックな経済とはすでに自由貿易協定を結んでいるのであり、新たにTPPを結ばなければならない理屈は希薄であるどころか、理屈として成立していない。このほかにも現在TPPに参加しているチリ、メキシコとはEPAを結んでおり、ペルーとも大筋の合意ができている。

 もちろんTPPは原則関税撤廃を掲げており、品目ベースで84-88%しか関税を撤廃していないEPAよりも、より幅広い自由貿易は可能になるが、そのメリットよりも、日本が高関税で保護している品目の関税を撤廃するデメリットのほうが大きいといえよう。

 次に、「TPP交渉に早期に参加することで日本の国益を守ることができる」という議論がある。確かに交渉に参加しなければ日本の国益を実現することもできないが、日本がルール作りに参加し、自らの国益を守るとなれば、真っ先に上がるのはコメをはじめとする農産物の保護である。そうなると、早期の交渉参加は、結果として農業を現状のまま保護する方向に向かってしまい、結果としてウルグアイ・ラウンドの後、6兆円の予算をかけたにもかかわらず、農業の生産性が上がらなかった経験を繰り返すことになるだろう。

 そうなれば、TPPに参加することで高関税に守られている農産物を輸入農産物と競争させ、これまでのような小規模で生産性の低い農業を効率的で生産性の高い農業へと転換するという推進派の議論は成立しなくなる。

 また、「日本は貿易立国であり、TPPのような自由貿易協定は経済発展につながる」という理屈を考えてみよう。確かに、日本は国内に天然資源を十分に持たず、食料自給率も限られていることから、外国との貿易に依存していることは間違いない。しかし、貿易依存度でみると、日本は輸出でGDPの12.6%、輸入でGDPの12.3%(世界銀行の世界開発指標)しか依存しておらず、日本経済の多くは内需によって成り立っている。

 つまり、自由貿易協定を進めたとしても、経済発展につながるとは即座に思えないのである。なお、アメリカやEU(欧州連合)とのFTA(自由貿易協定)を進める韓国は輸出がGDPの49.8%、輸入が45.9%と貿易依存度が非常に高い。これを見ると、韓国のほうがより「貿易立国」であり、自由貿易協定が重要となっていることがわかるだろう。

 この点は、内閣府が出したTPPに参加した場合の経済成長の試算でも明らかにされている。これまでTPPを推進する経産省、反対する農水省が異なる試算を出してきたため、内閣府が中立的な立場で試算を行い、10年間で実質2.7兆円のGDP押し上げ効果がある、という評価をしている。

 これは日本のGDPの約0.5%にしか当たらず、しかも10年間での効果であるから、単純に年平均にすれば2700億円の押し上げでしかない。為替レートがドル円で1円上がるとトヨタ一社で300億円の損失になるということを考えると、2700億円の押し上げ効果が大きなメリットとは言えないのではないだろうか。

 こうしてみると、TPPを進めるメリットは日本とEPAを結んでいないアメリカ、オーストラリア、ニュージーランド、カナダとの自由貿易が進むこと、ということになる。確かに日本はオーストラリアとのEPA交渉を進めようとしているし(農協をはじめとする強い反対があるため、なかなか進まないが)、これらの国々の市場規模は大きく、自由貿易が進むことで日本にもメリットが出てくるであろう。

 しかし、アメリカとの自由貿易を想定しても、現在、日本がアメリカに輸出している主力製品である自動車の関税は2.5%、自動車部品はほとんどが0%、原動機も0%、映像機器は2.1%と、関税を撤廃することの効果がどれほど大きいのか疑問となる製品が多い(トラックの25%というのが例外的に目を引く程度)。

 また、アメリカが高関税で保護している品目は日本と同様、農産品が多く、葉タバコ(350%)などが知られているが、日本の葉タバコもJTによる買い上げなどの仕組みがあるため、国際的な競争力を持っているわけではない。オーストラリアやニュージーランドはすでにかなり開放された市場政策をとっており、オーストラリアで主要な関税製品として挙げられるのは衣料品(10%)、乗用車(5%)、自動車部品(5%)であり、ニュージーランドでも衣料品(12.5%)、自動車部品(12.5%)など、関税ゼロと比べれば高いが、決して高関税で守られている市場とは言い難い。

 こう見ると「自由貿易の仕組みとしてのTPP」は日本にとって大きなメリットとは言えず、推進派が用いるロジック、レトリック、理屈は「神話」と言わざるを得ないであろう。

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筆者

鈴木一人

鈴木一人(すずき・かずと) 鈴木一人(北海道大学公共政策大学院教授)

1970年、長野県生まれ。立命館大学国際関係学部中途退学、同大学院国際関係研究科博士後期課程退学後、英国サセックス大学ヨーロッ パ研究所博士課程修了。筑波大学大学院人文社会科学研究科准教授などを経て、2008年から北海道大学公共政策大学院准教授、2011年から教授。現在はプリンストン大学国際地域研究所客員研究員。専攻は、国際政治経済、ヨーロッパ研究、宇宙開発政策など。著書に『宇宙開発と国際政治』(岩波書店、第34回サントリー学芸賞受賞)、共著に『グローバリゼーションと国民国家』(青木書店)、編著に『EUの規制力』(日本経済評論社)など。

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