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[1]日韓のとげ

朴裕河 世宗大学校日本文学科教授

  今、ふたたび「慰安婦」問題が浮上しています。ここ数年、「慰安婦」問題は、日本では政府の立場からは「終わった」ことになっています。おそらく一般市民たちの間でもすっかり忘れられていたことでしょう。

拡大大統領府に近い光化門前で元慰安婦や支援者が問題解決を訴えた。そのあと日本大使館前に移り、992回目の水曜集会を開いた=2011年10月19日、ソウルで

 しかし、韓国ではいまでも、駐韓日本大使館の前で当事者たちや支援団体のデモが続いています。来る12月14日には、20年前から毎週行ってきたデモが1000回を迎えるということで、記念碑を建てる計画までが進んでいます。

 そのような韓国の動きを受けて、日本でも「日本軍『慰安婦』被害者に正義を!」との趣旨で「日本全国、世界各地で同時に行う『韓国水曜デモ1000回アクション』」というものが開かれ、「外務省を『人間の鎖』で包囲」する計画が進んでいます(http://blog.goo.ne.jp/harumi-s_2005/e/fc3837c00b5271fd63dbcc5652f9d300」。そして同じごろに 、アメリカではホロコストを経験した生存者と慰安婦を会わせる 企画も進んでいるといいます(http://japanese.joins.com/article/817/145817.html)。

 一方、日本では12月号の『正論』が「韓国よ、いい加減にせんか」というタイトルの特集を組んで、この秋以降「慰安婦」問題に関しての動きが活発になったことを受けて韓国を激しく批判しています(西岡力「危険水位を超えた『慰安婦』」対日謀略」、呉智英「道徳という道具と歴史の真実」) 。市民の方でも、韓国側の14日のデモに抗して、「正しい歴史を次世代に繋ぎましょう」として「12.14水曜デモ1000回への抗議行動&集会『 慰安婦の嘘は許しません!なでしこアクション2011』」というタイトルの反対デモを呼びかけています。

 このデモの特徴は、タイトルが示しているように、女性たちが中心になっていることです(http://sakura.a.la9.jp/japan/)。ツイッタ-などでも、 「慰安婦はうそつき」「お金をもらった」「軍は関与していない」などの議論が沸いていて、数年前からの『嫌韓流』の主張と通低するような感情が、今、新たに日本社会に巻き起こっているように見えます。

 そのような潮流を受けてか、『産経新聞』は2007年に「慰安婦」問題をめぐる発言で世界的な注目を引い安倍晋三元首相に新たにインタビューをし、安倍首相が謝罪したことで一件落着したかのように見えた当時のことに関して、実のところ「謝罪したことなどなかった」とする答えを引き出しています。安倍氏によると、あの時「慰安婦」問題に関しては議論しなかったのに、あたかも謝罪したかのような発言がアメリカ側から出たにすぎない、というのです(2011・11・23)。それを受けて韓国のメディア はすぐに、「謝罪する気持ちがないながら謝罪したふりをしたのか」と 、反発しました。

 このような状況から見えてくるのは、「慰安婦」問題とは単なる日韓間の問題ではなく、日本内の問題でもある、ということです。一体どうして日本はこの問題をめぐってここまで激しく対立するようになったのでしょうか。

 6年前に、私はその背景と過程の一端について書いたことがあります(『和解のために――教科書・慰安婦・靖国・独島』、平凡社、2006。2011年に平凡社ライブラリ-版として再刊)。もともとは韓国向けに書いたその本で、わたしは、「慰安婦」問題を否認する人たちに対しての批判とともに、「慰安婦」たちを支援してきた人たちの問題点をも指摘しました。「慰安婦」問題に対して、日本政府は 「アジア女性国民基金」(以下、「基金」とする) を作って 限界を含みながらも誠実に対応しました。

 しかし基金をめぐる誤解や解釈の違いが生じ、「慰安婦」問題自体に否定的な人たちは言うまでもなく、「慰安婦」に対する「謝罪と補償」に前向きだった日本内の人々、そして 日韓の間にまで基金をめぐる葛藤と分裂が生じたこと、その結果としてこの問題がそれぞれの関係に深い亀裂ととげを作ってしまったことを、残念な出来事として説明したのです。

 それは、 批判自体が目的ではなく、当時すでに10年以上も対立に苦しんできた日韓、そして日本の支持者・反対者の人々の間にお互いへの理解が少しでも生まれることを望んでのことでした。そのことによって別の論点で対話を始めてほしいと思ったのです。

 ところが、残念ながらその後も、それぞれの間で対立構造を超えての理解や対話が始まるということはありませんでした。日本内の「合意」がないのに日韓間の合意が生じるわけもなく、この問題をめぐる日本内、そして日韓間の分裂はいまだに続いています。

 あとでもう少し詳しく説明しますが、この20年間、何らかの形でこの問題にかかわってきた人たちはみな 、誰にも満足のいかない過程や結果(補償のお金を受けとった人は別とも言えますが、韓国の場合彼女たちがそのことを隠さなければならなかった意味では、やはり同じです)を前に、深く傷ついてきたといえます。また、問題にかかわった期間が長く、その間対立する側からの非難と誹謗にさらされた人が多くいるという点では、「慰安婦」問題は、かかわった人たちに間接的な「当事者性」を帯びさせてしまいました。「慰安婦」問題における「当事者」は、もはや元「慰安婦」たち本人だけではなくなっているとさえ言えるでしょう。

 そして今、「慰安婦」問題の解決が必要なのは、元「慰安婦」たちのためだけでなく、そのような、間接的な「当事者」たちの傷を癒すためでもあるのです。

 日韓関係で考えても、「慰安婦」問題はおそらく、1965年の国交正常化以来、日韓の間に起こったもっとも難しい問題としてわたしたちの前におかれています。日韓会談さえ14年でともかくも合意に至りました。日韓間のもうひとつの問題、独島(竹島。本稿は日本向けの文章なので、便宜上今後は「竹島」とする)問題に比べても、はるかに多い人と団体が、20年もの間、このことに介入し、発言し、行動しました。その間、一方では1998年の日韓パートナシップ宣言、2002年のワールド・カップ共催、2005年の「日韓友情の年」など、日韓は良好な関係を築いてきました。

 しかし、同じ時期に起こった教科書問題や竹島問題はあっというまに両国の関係を険悪にしました。それは安定的に見えても日韓関係の基盤はその実あやういということを示すものでした。そして「慰安婦」問題は、そのようなあやうさを導くものでもありました。

 たとえば竹島問題で対立する場合でも 、韓国民の感情を支えるのは(植民地支配や 「慰安婦」問題をめぐって)「いまだ謝罪をしていない日本」という認識です。そのように、「慰安婦」問題は、日に日にその大きさと深さを増す「とげ」となって、日韓関係を反復的に脅かしてきたのです。

 そのような日韓関係がより安定したものになることを願いながら、わたしはいまあらためてこの問題を考えてみたいと思います。(つづく)


筆者

朴裕河

朴裕河(パク・ユハ) 世宗大学校日本文学科教授

1957年、ソウル生まれ。世宗大学校教授。慶應義塾大学文学部卒業後、早稲田大学大学院で日本近代文学を専攻(博士)。著書に『和解のために――教科書・慰安婦・靖国・独島』(佐藤久訳、平凡社ライブラリー、2007年度大佛次郎論壇賞受賞)、『ナショナル・アイデンティティとジェンダー――漱石・文学・近代』(クレイン)、『反日ナショナリズムを超えて――韓国人の反日感情を読み解く』(安宇植訳、河出書房新社)など。編著に『東アジア歴史認識論争のメタヒストリー――「韓日、連帯21」の試み』(青弓社)。