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【野田流統治システムへの疑問(4)】 「政官関係」――2012年度予算案に見る「逆行」

薬師寺克行

薬師寺克行 東洋大学社会学部教授

 12月24日に閣議決定された2012年度政府予算案は、民主党政権での政治家と官僚の関係、いわゆる「政官関係」が政権交代後の2年間に大きく変貌したことを示している。総括的に表現すれば、鳩山、菅政権時代の「対立的緊張関係」から、野田政権での「融和的協調関係」への転換だ。

 リーマンショック後の景気対策に動員した積極財政がツケとなって欧米各国は今、膨大な累積債務の処理に苦しんでいる。ギリシア、イタリアは国家財政破綻の危機に瀕し、フランスやドイツなどEU各国はユーロの信頼性維持に奔走している。

 リーマンショックの震源地である米国も例外ではなく、年末ぎりぎりまで議会内で歳出カットをめぐる攻防が続いた。主要国は例外なく国民の反発を抑えつついかにして歳出削減を実現するかという困難な課題に取り組んでいる。その最たるものが英国で、中央省庁は平均で約20%の大胆な歳出カットに取り組んでいる最中だ。

 そんな欧米各国よりもはるかに多くの債務を抱えている日本の来年度予算が、実質規模で96兆円と過去最大となった。新規国債発行額が税収を上回る異常事態が続き、債務は急速に増え続けている。

 にもかかわらず整備新幹線の未着工部分の着工、八ツ場ダムの工事再開、診療報酬の引き上げなどなど、予算案には「放漫財政」と呼びたくなる内容が並ぶ。民主党幹部らは「これから消費税引き上げをお願いするのに、歳出カットはできない」という意味不明の論理を持ち出している。

 9月に就任した野田佳彦首相は霞が関の官僚の間で評判がいい。「安定感があり、官僚の意見もよく聞いてくれる」「政策実現のための段取り、関係者との調整を重視しており、暴走気味だったそれまでの首相とは全く違う」というのだ。

 確かに鳩山、菅という二人の内閣で「政官関係」は崩壊寸前の状態だった。鳩山、菅両首相とも「政治主導」を理由に各省幹部に会うことにはあまり積極的ではなく、会うときには閣僚らの同席を求めていた。大臣、副大臣、政務官で構成する「政務三役会議」で重要政策を決めることも「政治主導」の一つとして強調し、政務三役会議に官僚を出席させない閣僚も少なからずいた。

野田佳彦民主党代表も出席した民主党の両院議員懇談会。空席が目立った=12月21日、国会内

 「政治主導」は官僚不信、官僚排除の代名詞のようになり、政官関係は緊張感と不信感があふれていた。当然、官僚の対応は受動的になり、積極的に政策を提言することが減っていく「消極的サボタージュ」が広がっていった。それが政策決定の遅れや必要な政策が機動的に打ち出されないという深刻な事態を生んでいった。

 民主党政権3人目の野田首相の官僚との接し方は前任の菅首相と全く異なっている。6人いる官僚出身の首相秘書官の「当番制」を復活させ、毎日交代で一人の秘書官が朝の迎えから移動中の車の中の同席などを担当する。昼食は可能な限り毎日、官邸の一室で首相秘書官らと一緒にとっている。秘書官からすれば首相と直接話す時間が大幅に増え、首相が何を考えているかをより正確に把握することができるようになった。

 また各省の次官や局長ら幹部は政治家の同席なしで首相に会うことができるようになった。東日本大震災を受けて当時の仙谷由人官房副長官が始めた各省事務次官を集めた「各省連絡会議」は、震災復興作業が落ち着いて以後も継続し、野田政権になってからも毎週金曜日の昼に開かれている。

 この会議は官房長官が主宰し、3人の副長官も同席し、所要時間は約1時間。もともとは震災復興への各省の取り組みを報告し意見交換することが主たる目的だったが、最近は各省次官が自分の省の主要課題、あるいは内閣が問題意識を共有すべきテーマなどについて報告しているという。かつての事務次官会議のように翌日の閣議案件の紹介という形式的な会議ではなくなったようで、事務次官の一人は「霞が関が横断的に問題意識を共有することができるいい機会になっている」と話してくれた。

 こうした変化は、首相官邸内部だけでなく首相官邸と各省との間の風通しもよくし、「政官関係」を大きく変えていることは間違いない。

 さらに各省の「政務三役会議」も民主党政権発足当初に比べるとその役割が大きく変化してきた。多くの省で政務三役会議に事務次官や局長ら官僚が同席するとともに、政治的判断が必要な機微な問題や重要な問題が取り上げられなくなってきたという。主要な問題は大臣と事務次官、あるいは担当局長らが協議して決めることが増えてきたのだ。つまり政務三役会議は主要政策の決定の場ではなくなり、徐々に形骸化してきているようだ。

 こうした変化は、鳩山、菅政権と2代続いた緊張・対立関係の反動だろう。

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