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[4]他者への想像力

朴裕河 世宗大学校日本文学科教授

1)関与主体は誰なのか

 満州事変以来、日本は最終的には300万もの兵士たちを朝鮮や中国大陸や「南洋」においていました。

 それは兵士たちにとっては、それぞれ地元で送っていたいつもの「日常」が失われた生活でもあります。戦争とはそのような非日常の世界ですが、それに耐えるためには「日常」的欲望を充足させ、時折緊張を解く必要があります。スキンシップを伴う性的欲望がそのような「日常」のひとつなのは言うまでもありません。

 おなじ性欲の処理でも、戦場での強姦はむしろ非日常の中での行為とみなすべきです。慰安所が「強姦を防ぐため」に作られたのは、兵士の「日常」をも管理すべき「軍」としては当然の発想だったとするべきでしょう(もちろん、それが正当化の理由になるわけではありません)。

 そういう意味では日常や女性から隔離されて男だけで過ごすことになる軍隊のシステムや戦争自体が、すでに「慰安所」を必要としていたと言えます。「慰安婦」とは、くしくもその構造を言い当てられた名称だったのです。

 とはいえ、日本軍が直接募集したり管理するわけには行かず、そのことが多くの場合民間業者にまかされていたのは事実です。そのため、軍はあくまでも受動的にそのような業者を受け入れたのだとする人たちもいます。

 しかし、たとえば次の資料などは、軍が性病検査をしていたことを示しています(http://www.ne.jp/asahi/tyuukiren/web-site/backnumber/05/yuasa_ianhu.htm)。それは、本来なら業者側でするべきことにもかかわらず、いわば消費者のほうで商品の品質を「管理」したことになります。先の文章を書いた元軍医は、「私は検査官という武器=権力を持って」いたので、「慰安婦」に堕胎させることもできたと言います。

 そのような、一方的な権力の存在こそが軍の「管理」の事実として「関与」を示しているのです。つまり、たとえ軍が募集に直接関与していないにしても、そのことが即、軍の関与がなかったことになるわけではありません。否認者たちは、軍はむしろ強制的な募集を取り締まったと主張しますが、その「取り締まり」こそが、軍の主体性を示すものなのです。

 確かに、軍による「強制連行」を文字通りの「強制」「連行」と考えるのなら、そのような意味での「強制連行」と朝鮮人「慰安婦」との関係は薄いと言えるでしょう。しかし、直接でなくとも、業者たちが「強制」的につれていく―「連行」したのなら、それは殺人教唆と同じく、そのようなシステムを作った主体が誰なのかを明らかするべきです。

 さらにいえば、軍人によるあからさまな「強制」があまり見られないのは、少なくとも植民地においてはむしろ当然と言うべきです。なぜなら、植民地で支配側の軍がそのようなことをすれば、たちまち反発が起き、場合によっては暴動さえ起こしかねないことだからです。

 多くの「慰安婦」否定論者は「植民地支配」の内実について、暴力的ではなく穏健だった、よい統治だったと強調します。それは所詮、体制に露骨に抵抗しない人々に限ることですが、たとえそれが総体的な「穏健統治」だったとしても、それはむしろ当然のことです。そして「慰安婦」問題に関しては、だからこそ「業者」が前面に出たと見るべきなのです。ある意味で自らの手を染めずに、植民地の人を、同族に対して加害者にしたてあげたことになるのです。

 植民地にいた日本人は、朝鮮を支配しつつも恐れていました。それは、「支配」というものが、まさに支配ゆえ、常に抵抗と反発が予想されるものだからです。反体制の「思想犯」の取り締まりはしても、むやみに当地の人々を「連行」することは、「穏健政治」を標榜する限り、むしろできないことです。たとえ軍の関与を示す資料が存在しないとしても、そのことがただちに日本の関与を否定できる根拠にはならないのです。

拡大旧台湾総督府

 また実際に、「第二一軍司令部が慰安所をつくるという決定を行ない、内務省に400名、台湾総督府に300名の女性を集めてほしいと要請した経過を示す資料」(吉見義明「「強制」の史実を否定することは許されない」『世界』2007・5)があります。そういう意味でも、慰安所が「軍がつくった、軍人軍属専用の制度」(同)だったのは確かです。「慰安婦」の輸送に軍がかかわったことを、戦場だからその「移動」を軍が保護しただけだと言う人もいますが、前回紹介した田村泰次郎の小説「蝗」(イナゴ)はそれが単なる「保護」ではなかったことを語っています。

 さらに、当時は内地・半島間の移動は厳しく制限されていて、国家の管理を受けなければなりませんでした。したがって移動するには今のパスポートのような、国家の許可証が必要でした。ところが日本人に対してはその送出を21歳以上の経験者としていたにもかかわらず、そのような制限が朝鮮や台湾では設けられませんでした(吉見義明「日本軍『慰安婦』問題について――『ワシントンポスト』の『事実』広告を批評する」『戦争責任研究』第64号、2009年夏季号)。

 それは、はじめから植民地の女性たちを、より多く、「慰安婦」の対象として想定したためのことと言うべきでしょう。「慰安婦」になるまでの「強制性」に、たとえ朝鮮人業者や親が関与していたとしても、その枠組みはほかならぬ日本軍が作ったのです。もちろん、かかわった朝鮮人に、責任がないと言いたいのではありません。

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筆者

朴裕河

朴裕河(パク・ユハ) 世宗大学校日本文学科教授

1957年、ソウル生まれ。世宗大学校教授。慶應義塾大学文学部卒業後、早稲田大学大学院で日本近代文学を専攻(博士)。著書に『和解のために――教科書・慰安婦・靖国・独島』(佐藤久訳、平凡社ライブラリー、2007年度大佛次郎論壇賞受賞)、『ナショナル・アイデンティティとジェンダー――漱石・文学・近代』(クレイン)、『反日ナショナリズムを超えて――韓国人の反日感情を読み解く』(安宇植訳、河出書房新社)など。編著に『東アジア歴史認識論争のメタヒストリー――「韓日、連帯21」の試み』(青弓社)。