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テレビの「コメンテータ」って何?

鈴木崇弘 城西国際大学客員教授(政治学)

 テレビ番組を観ていて不思議に思うことがある。その一つが、「コメンテータ」(注1)の存在だ。

 コメンテータは、ニュース番組(注2)あるいは報道番組(注3)、情報番組(注4)、ワイドショー(注5)や情報バラエティー番組(注6)など、さまざまな番組に出演し、活躍している。このような中、最近は、番組の特徴の差異がなくなってきているので、コメンテータの役割がさらに分かりにくくなっている。

 番組別にコメンテータの一般傾向をみてみると、次のようにいえると思う。

 報道色の強い番組では、比較的専門性のある方がコメンテータとして出ることが多く、ワイドショー色の強い番組では、専門性のある方とタレント系の方が混在していている。

 バラエティー色が強い番組は、専門性のあるコメンテータはほとんどおらず、タレント・芸能人・お笑い芸人などが主なるコメンテータである(注7)。

 筆者がそのようなコメンテータをなぜ不思議だと思うのか。それは、次のような理由による。

 まず一番目のポイントして、番組の性格や内容が異なれば、その役割は異なるはずであり、実際、異なっているのに、同じ「コメンテータ」という名称を使っていることである。

 二番目は、コメンテータはトピックに解説を加える役割を担っているわけだから、そのトピックにそれなりの知見や情報を有していなければならないはずだが、特に最近の番組では、専門性や知見があるとは思えないタレントがたくさんコメンテータとして出演していることだ。彼らは、ある意味表現することを専門としているので、内容はともかくも、表現の仕方や言葉の選択の力、また自分の見せ方が優れており、番組の見栄えや聞こえ栄えがよくなるという優位性をもっている。

 しかし、彼らはコメントを求められたトピックの専門家ではなく、素人である(注8)。その意味では、視聴者という素人が素人の意見を聞いている状態であり、自分の知見や情報の深まりを得ることはできないといえるのではないか。素人の自分の意見を聞いているのと同じだ。番組設定上からは仕方ない面もあるが、番組としての意味がおかしく感じなくもない。

 三番目は、

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筆者

鈴木崇弘

鈴木崇弘(すずき・たかひろ) 城西国際大学客員教授(政治学)

城西国際大学大学院国際アドミニストレーション研究科客員教授。1954年生まれ。東京大学法学部卒。マラヤ大学、イースト・ウエスト・センターやハワイ大学大学院等に留学。東京財団の設立に関わり、同財団研究事業部長、大阪大学特任教授、自民党の政策研究機関「シンクタンク2005・日本」の設立に関わり、同機関理事・事務局長などを経て現職。中央大学大学院公共政策研究科客員教授。著書に『日本に「民主主義」を起業する――自伝的シンクタンク論』『シチズン・リテラシー』『僕らの社会のつくり方――10代から見る憲法』など。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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