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オフレコと報道(下)――集団取材だから問題が生まれる

薬師寺克行 東洋大学社会学部教授

●新聞協会の見解のおかしさ

 オフレコ問題は他にも枚挙にいとまがない。そうした現実を踏まえ日本新聞協会は1996年2月に「オフレコに関する日本新聞協会編集委員会の見解」(注5)を出している。この見解は直前の1995年11月に起きた江藤隆美総務庁長官のオフレコ発言問題(注6)がきっかけでまとめられた。

拡大村山富市首相に辞表を提出した後、総務庁で記者会見する江藤隆美総務庁長官(当時)=1995年11月13日、東京・霞が関

 「見解」はまず江藤長官のオフレコ懇談の内容が何らかのルートで韓国メディアに流れたことについて「取材記者の倫理的見地から極めて遺憾である」としている。「オフレコ」については、「ニュースソース(取材源)側と取材記者側が相互に確認し、納得したうえで、外部に漏らさないことなど、一定の条件のもとに情報の提供を受ける取材方法」と定義している。そして「取材源を相手の承諾なしに明らかにしない」ことを重視し、その約束を守ることについて道義的責任があるとしている。

 また、安易なオフレコ取材を慎むよう指摘しているが、「オフレコ取材は、真実や事実の真相、実態に迫り、その背景を正確に把握するための有効な手段で、結果として、国民の知る権利にこたえうる重要な手段である」と積極的に評価している。

 はっきりと明示はしていないが、この見解はオフレコ取材の多くが記者クラブを中心に行われていることを前提にしている。記者クラブと取材対象者の間では様々な形でオフレコの約束が成立しており、それを具体的に一般化することは難しい。だから「見解」は「一定の条件」という以上に具体的な内容に踏み込んではいない。また、一部のマスコミがオフレコの合意を破った時の対応についても「道義的責任がある」としか言いようがないだろう。

 現実に違反行為があった場合、記者クラブへの出入り禁止などの措置をクラブ単位で講じているケースがある。ただし、あくまでも記者クラブの自主的判断であり、新聞協会が具体的なガイドラインなどを示して実施の徹底を求めているわけではない。

 それは、大原則としての「表現の自由」、つまり「取材の自由」が憲法で保障されているからであり、それに対して新聞協会の見解で一定の制約をかけることは難しい。その結果、この見解が出た後も「オフレコ取材」は記者クラブを舞台にますます増え、「オフレコ報道」をめぐる混乱は頻発している。

●あるべき「オフレコ」とは

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筆者

薬師寺克行

薬師寺克行(やくしじ・かつゆき) 東洋大学社会学部教授

東洋大学社会学部教授。1955年生まれ。朝日新聞論説委員、月刊誌『論座』編集長、政治エディターなどを務め、現職。著書に『証言 民主党政権』(講談社)、『外務省』(岩波新書)、『公明党』(中公新書)。編著に、『村山富市回顧録』(岩波書店)、「90年代の証言」シリーズの『岡本行夫』『菅直人』『宮沢喜一』『小沢一郎』(以上、朝日新聞出版)など。

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