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私がイラン中央銀行に貸したカネの行方

高橋和夫 放送大学教養学部教授(国際政治)

 イランの核開発問題をめぐって、アメリカ政府がイランの中央銀行を制裁の対象にしている。イラン中央銀行を通じて代金を決済していた各国にとっては、石油の輸入が困難になった。それがアメリカの狙いである。

拡大テヘランでは市民が買いだめして、スーパーの食用油が品薄気味=2012年2月3日、テヘラン

 このイラン中央銀行には、筆者は貸しがある。

 1980年代に初めてイランに旅行した。当時は革命直後であり、またイラクとの戦争の続いていた時期であった。イランに行く前に調べてみると、イランへのイラン通貨の持ち込みは2万リアルという制限があった。イランに外国からイラン通貨を持ち込むのは、イラン国内では政府が外貨との交換率を決定しており、それが外国の両替屋よりは、はるかに率が悪かったからであった。つまり外国でリアルに交換した方が旅行者には得になっていた。

 当時クウェートでの研究を終えようとしていた筆者は、ドバイ経由でイランに入る予定を立てた。クウェートの両替屋で2万と言うと20万リアルを渡された。ペルシア語では、10リアルのことを1トマンと呼ぶ。両替屋は、2万リアルではなく、2万トマンだと、つまり20万リアルだと勘違いしたようだった。筆者のペルシア語のレベルを思い知らされる経験でもあった。

 しかし、20万リアルでも大した額ではなかった。記憶は確かではないが数百ドルだっただろうか。ちなみにクウェートはアラブの国でアラビア語が公用語であるが、思いのほかにペルシア語を理解するイラン系の市民が多い。またイランからの出稼ぎ労働者も少なくない。

 クウェートからアラブ首長国連邦のドバイに移動し、ドバイからイラン南部の古都シーラーズ空港に降り立った。空港でイランの通貨をいくら持っているかと尋ねられた。正直に20万リアルを差し出すと、2万リアルだけを戻してくれた。残りの18万リアルを取り上げられてしまった。受取証を渡されて出国の際に18万リアルは返してくれるという。

 シーラーズから旅行を続け北上して首都テヘランに入った。このテヘランの空港からトルコへと飛び立つ予定だった。空港で受取証を出して18万リアルの返金を求めたところ、空港ではなく市内の中央銀行で払い戻すという。

 しかし、フライトの時間は迫っている。

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筆者

高橋和夫

高橋和夫(たかはし・かずお) 放送大学教養学部教授(国際政治)

北九州市出身、放送大学教養学部教授(中東研究、国際政治)。1974年、大阪外国語大学ペルシャ語科卒。1976年、米コロンビア大学大学院国際関係論修士課程修了。クウェート大学客員研究員などを経て現職。著書に『アラブとイスラエル』(講談社)、『現代の国際政治』(放送大学教育振興会)、『アメリカとパレスチナ問題』(角川書店)など多数。ツイッター https://twitter.com/kazuotakahashi ブログhttp://ameblo.jp/t-kazuo 

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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