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日露関係10年の空白を埋めたプーチン氏の会見

佐藤優

佐藤優 作家、元外務省主任分析官

 3月4日に行われたロシア大統領選挙で、プーチン候補(首相)が当選した。ロシア中央選挙管理委員会発表の暫定結果(3月6日現在)での各候補の得票率並びに投票率は次の通りである(単位は%)。

 プーチン(現首相) 63.60

 ジュガーノフ(共産党議長) 17.18

 プロホロフ(実業家) 7.98

 ジリノフスキー(自民党党首) 6.22

 ミローノフ(公正ロシア党首) 3.85

<投票率 58.3>

 3月4日、モスクワ時間23時(日本時間5日5時)、プーチンはクレムリンに隣接するマネージ広場で行われた支持者らの集会にメドベージェフ大統領とともに現れ、勝利宣言を行った。

 その際、プーチンは一筋の涙を流した。インテリジェンス・オフィサー(諜報機関員)として感情を制御する訓練ができているプーチンが人前で涙を見せることは珍しい。それほど今回の勝利がプーチンにとって感動的だったのである。

 今次大統領選挙に関するプーチンの認識は、この集会における「われわれに対して、誰も何も押しつけることはできない。われわれが勝利したのは、選挙民の大多数による支持のおかげであり、純粋な勝利を収めた」という発言に端的に現れている。

 ロシアは、欧米諸国からの干渉に関して、きわめて過敏になっている。それが事実、プーチンの「われわれに対して、誰も何も押しつけることはできない」という発言になったのだ。米国務省は、選挙が公正に行われたかどうかについての調査を求めた。

<米、ロシアに選挙調査を要請 プーチン氏への祝意も留保

 米国務省は5日、ロシア大統領選に関する声明を発表し、ロシア政府に選挙が公正に行われたかどうかの調査を求めた。「公正さが証明された後、大統領に選ばれた人物と協力することを楽しみにしている」として、次期大統領に決まったプーチン首相への祝意は表明しなかった。

 声明は、選挙監視にあたった欧州安保協力機構(OSCE)が、特定の党による政府資金の使用や、不適切な投票手続きへの懸念を表明したことを指摘。「報告されたすべての選挙違反について、ロシア政府に独立した信頼のできる調査を求める」とした。

 一方、米国務省のヌーランド報道官は5日の記者会見で、「この選挙には明確な勝者がいた」とプーチン氏の勝利を追認。「今回はより多くの有権者が参加し、監視の目も多かった」とし、12月のロシア下院選に比べて選挙のやり方が改善されたと評価した。(ワシントン=望月洋嗣)>(3月6日、朝日新聞デジタル

 3月5日にロシアの一部でプーチンの当選に反対する抗議集会が行われ、モスクワでは250人が逮捕された。この状況について、ロシア国営ラジオ「ロシアの声」(旧モスクワ放送)は、こう報じた。

<モスクワ中心部での在野勢力の集会後 250人が拘束

 5日の19時から21時にモスクワで行われた在野勢力による集会「公正な選挙のために」は、秩序紊乱と参加者の大量逮捕で幕を閉じた。リア・ノーヴォスチ通信が警察発表を引用して伝えたところでは、アレクセイ・ナヴァリヌイ、セルゲイ・ウダリツォフ、イリヤ・ヤーシン、エドゥアルド・リモーノフ各氏など在野勢力のリーダーらを含め、およそ250人が拘束された。

 1万4千から2万人が集まった集会終了後、「左翼戦線」のリーダー、ウダリツォフ氏が支持者に対し「プーチン氏が去るまで」散会しないよう訴え、そのアピールに、当局の汚職糾弾で有名なブロガー、ナヴァリヌィ氏やイリヤ・ポノマリョフ議員、さらにその場に残っていた参加者数百人が応じた。

 これに対し警察側は、集会の継続は認められないとし、抗議する人々を力で排除した。インターネット新聞「ガゼータ・ルウ」によれば、特別の煙やガスが使用された。

 集会主催者を含め拘束された人々の大部分は、6日朝までに地区警察から釈放されたが、一部の人々は、15昼夜身柄を拘束される可能性もある。>(http://japanese.ruvr.ru/2012_03_06/67662211/)

 一部にこのような抗議運動が展開されているにもかかわらず、圧倒的大多数のロシア人は、選挙結果を受け入れる。従って、プーチンの大統領当選という現実が覆されることはない。それは、普通のロシア人がゴルバチョフ政権末期からエリツィン政権にかけての1990年代のような経済的混乱や内戦が再発することに対し強い忌避反応を持ち、安定を志向しているからだ。

 さらに、外国からの干渉に対する警戒心がロシア国民全体に広まっている。従って、米国政府の選挙の公正さに対する疑念の表明は、ロシア人の愛国感情を刺激し、結果としてプーチンの権力基盤を強化することになる。

 このような状況で、プーチンは、日本の対露外交を肯定的に評価している。それは、日本がロシアの大統領選挙に関して、西側の人権基準による干渉を行わないからだ。プーチンは、それを日本政府によるロシアに対する好意的シグナルと受け止めている。

拡大会見するロシアのプーチン首相(左)。手前は朝日新聞の若宮啓文主筆=2012年3月1日、モスクワ郊外の首相公邸

 3月1日、モスクワでプーチンと一部西側記者との会見が行われた。その席で、若宮啓文・朝日新聞主筆と北方領土問題に関する踏み込んだやりとりがなされた。3月2日に公表されたロシア政府公式HPの露文から関連部分を訳しておく([ ]内は筆者の註)

<質問[若宮]:2001年、プーチン氏が大統領だったとき、当時の日本の首相だった森[喜朗]氏とイルクーツク声明に署名し、そこで1956年のソ日共同宣言を今後の交渉の出発点であると、1993年の東京宣言を最終的解決の基礎であると確認した。

 日本側は、56年に約束された2島では問題解決に不十分であると常に述べている。共同の宣言[東京宣言]は、われわれが4島の問題を解決しなくてはならないと規定している。双方が問題の検討を終えようと望むならば、双方がお互いに対して妥協しなくてはならないということに、私も賛成する。

答[プーチン]:われわれは、柔道家として、勝つために、そして負けないために、大胆に歩まなくてはならない。この状況で、われわれは何らかの勝利を達成する必要がないとしても、不思議ではない。この状況で、われわれは受け入れ可能な妥協を達成しなければならない。

 それは引き分け[プーチンは日本語を用いた]のようなものだ。何かそのようなものだ。同僚[若宮氏]は、引き分けが何であるのか知っている。皆さんは、われわれが知っていることを知らないのか。

質問[発言者不詳]:それは何か。

答[プーチン]:それはあいこのことだ。

 そして、あなたが、イルクーツク声明について思い出させるならば、わたしは別のことも思い出すことにする。日本との長い協議を行った後、1956年にソ連は[日ソ共同]宣言に署名した。この宣言では、2島が日本に引き渡されることが記されているが、そこで注意深く聞いて欲しい、平和条約に署名された後だ。これが56年条約の第9項だ。どうぞ56年宣言を手に取って、第9項を読んで下さい。もう一度繰り返すが、そこには平和条約署名後に、ソ連は日本に2島を引き渡す旨、記されている。そして平和条約とは、ソ連と日本の間の領土的性質を帯びたその他の要求がもはやなくなることを意味する。そこにはどのような条件で引き渡されるか、そしてそれらがどこの主権下に置かれるかについては書かれていなかった。

 ソ連大統領だったゴルバチョフ氏が、あの時期に何らかの見解に基づいて指導していたのだろうが、だが申し訳ないが、この宣言は署名され日本国議会とソ連最高会議によって批准されたのだから。すなわち、本質においてこの文書は法的効力を持っている。何があったか、わかりますか?

 その後、日本側は一方的にこの宣言を履行しないという声明を行った。

 すなわち、[両国]政府が署名し、[両国]議会が批准したが、その後、日本はこの宣言の履行を拒否したのである。そして、長い中断期間を置いた後に、ソ連大統領であるゴルバチョフ氏がソ連はこの宣言を履行しないと表明した。

 あなた[若宮氏]が指摘したイルクーツクにおける会談で、日本の首相の森氏が、私に以下の質問をした。かつてゴルバチョフ氏が履行を拒否したにもかかわらず、現在のロシアが56年宣言に戻る用意があるか? 私は、はい[ダー]、私は外務省と協議しなくてはならないが、全体としてわれわれは宣言に戻る用意があると述べた。

 日本側は、中断期間を置いて、その後、56年宣言はよいが、そこでは2つの島々だけが検討されて、そして平和条約だ。われわれは4島を欲しており、その後、平和条約だと述べた。しかし、それはすでに56年宣言ではない。そしてわれわれは出発点に戻ってしまった。

 客観的になるために、私は、あなたが客観的になり、そして出来事の進捗に関する全てのクロノロジー[時系列]を知ることを望む。私は、われわれが先に進むことができるような接点をいずれにせよ見出すことを希望している。

 私は自分の見解を明確に述べただろうか?

更問[若宮]:はい。われわれが「引き分け」を望むならば、2島では不十分だ。

答[プーチン]:あなた[若宮氏]は外務省で働いているのではない。そして私もまだ大統領ではない。だからこうしようではないか。私が大統領になったら、われわれは一方にわが外務省を召集し、他方に日本外務省を位置につかせ、そして彼らに、「はじめ!」[プーチンは日本語を用いた]と号令をかけようではないか。>

 プーチンは、平和条約締結のための日本の要求が4島であることを正確に認識している。若宮氏も、<われわれが「引き分け」を望むならば、2島では不十分だ>とはっきりプーチンに指摘した。

 その上で、プーチンは大統領就任後、両国外務省を交渉の席に着かせ、「はじめ!」と号令をかけるという意向を示している。プーチンは、歯舞群島、色丹島の2島を日本に引き渡す以上の譲歩をしなくては、平和条約交渉がまとまらないと冷静に認識している。ここから、交渉を始めれば、北方領土が日本に近づく可能性がある。

 プーチンがこのような動きをする予兆があった。1月28日に東京で行われた日露外相会談の数日前に、モスクワからプーチン陣営の友人がやってきた。そのときに以下のやりとりがあった。

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筆者

佐藤優

佐藤優(さとう・まさる) 作家、元外務省主任分析官

1960年生まれ。作家。元外務省主任分析官。同志社大学神学研究科修士課程修了。外務省では対ロシア外交などを担当。著書に『宗教改革の物語――近代、民族、国家の起源』(KADOKAWA)、『創価学会と平和主義』(朝日新書)、『いま生きる「資本論」』(新潮社)、『佐藤優の10分で読む未来』(新帝国主義編、戦争の予兆編、講談社)など多数。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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