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自衛隊は3・11の「戦訓」を活かせるか(上)――地図、無線、人員の不備

清谷信一

清谷信一 軍事ジャーナリスト

 2011年3月11日の東日本大震災が発生して、1年が過ぎた。この大災害に際して自衛隊は10万人を超える大動員を実施した。

 メディアでは、震災関連で自衛隊を称える報道が溢れた。このため、今度大規模な災害が起きえても、戦争が起きても自衛隊は頼りになると感じた人は多いだろう。

拡大地震発生から1週間後、作業を中断して黙禱する自衛隊員=2011年3月11日14時46分、宮城県南三陸町志津川

 実際、現場の隊員たちは我が身を顧みず、任務を果たした。筆者はこのような報道をあたまから否定するものではない。

 しかし、その一方で、この震災で自衛隊の欠点や弱点も多数露呈した。その中には「軍事組織」として致命的な欠点も多数含まれていた。

 多くのメディアは災害派遣現場の美談的な報道や、情緒的な自衛隊讃歌的な報道に終始して、このような深刻な問題をほとんど報道して来なかった。このため多くの国民は自衛隊にこのような問題があること自体を認識していない。

 美談的、あるいは情緒的な自衛隊賛美ばかりが報道されるのは、読者に受けがいいからだ。あえて誤解を恐れずに言えば、そういう報道のほうが取材が簡単だからだ。防衛省・自衛隊の広報にたのめば、いくらでも取材をアレンジしてくれる。

 対して、問題点の指摘には専門的な知識が必要であり、あまり読者の受けがよくない。しかも防衛省や自衛隊の広報は快く対応してくれない。ゆえに手間暇かけて、独自のソースを取材する必要がある。その上、批判を行うことにはリスクが伴う。

 今回の震災で露呈した欠陥は、少なからず筆者が繰り返し報じてきたものが少なくない。筆者は3・11の一周年に併せて、『国防の死角――わが国は「有事」を想定しているか』(PHP刊)を上梓し、これらの問題を包括的に報じたが、このような姿勢で報道してきたメディアやジャーナリストは極めて少数だった。

 このようなバランスを欠いた報道ばかりが行われた結果、世論がミスリードされている。筆者には、これがかつての「無敵皇軍」をメディアが宣伝した結果、国民が自国の軍事力を過大視し、戦争に突入したかつての我が国を彷彿させる。

 自衛隊の活動を賛美する報道をするな、と言っているのではない。そのような報道にも真実がある。国民に彼らの貢献を知らせることも報道の重要な役目だ。

 だが、あくまでバランスをとった報道をするべきということなのだ。物事には光と影があり、その光の部分だけを見ていれば物事の本質を見失う。

 例えば、今回の派遣では道路地図を持たずに派遣された部隊が多数にのぼった。

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筆者

清谷信一

清谷信一(きよたに・しんいち) 軍事ジャーナリスト

軍事ジャーナリスト、作家。1962年生まれ。東海大学工学部卒業。03~08年まで英国の軍事誌Jane's Defence Weekly日本特派員。香港を拠点とするカナダの民間軍事研究機関、Kanwa Informtion Center上級顧問。日本ペンクラブ会員。著書に『専守防衛─日本を支配する幻想』『防衛破綻―「ガラパゴス化」する自衛隊装備』『自衛隊、そして日本の非常識』『ル・オタク フランスおたく物語』、共著に『軍事を知らずして平和を語るな』『アメリカの落日―「戦争と正義」の正体』『すぐわかる国防学』など。最新刊に『国防の死角――わが国は「有事」を想定しているか』。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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