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『日本沈没 第二部』から福島を考える

鈴木崇弘 城西国際大学客員教授(政治学)

 朝日新聞は、3月7日付で、「原発周辺自治体、仮の町へ 町外に生活拠点計画」という記事を掲載している。同記事は、東京電力福島第一原子力発電所の周辺の福島県双葉郡にある複数の自治体が、長期にわたる生活を見越して、当該自治体の避難住民の生活拠点を、他の自治体に「仮の町」として形成する計画を進めていることを報じている。

 これは、除染で出る汚染土を保管する中間貯蔵施設を双葉郡に複数設置しようという問題(注1)とも絡んでいる。

 また現在、被災地域内の自治体でも、いくつかの地域に分散して被災住民が生活していたり、一部の住民は県外の別の場所で生活を開始している。避難生活をしている者もいれば、すでに仮設住宅に移り、自立した生活を始めている者もいる。

 そして、避難されている現地で仕事をし始めたり、福島の仮設住宅近くで仕事を開始したりしている。さらに父親は福島で働き、他の家族は避難地生活をし続けたり、子供も新しい場で学業を始めるなど、家族が離れ離れになるような状況も生まれているようだ。各人がその置かれた環境に応じた多種多様な生活をし始めているのだ。

 そして、各家族や各個人は、そのような新たなる様々な生活環境や家族関係などの中で、被災した故郷を思いながらも、苦しみ、悩みながら、今後の生活をどうしていくべきかを考え続けている。

 他方、それらの自治体の首長は、引き裂かれ、分断された住民を引き留め、何とか元の地域的な結び付きを再生、維持しようとしている。だが、先に述べたように住民は相互に別の環境に置かれ、別の感情や意見を持ち始めており、以前のような結び付きを守るのは非常に困難になっている。

 このような状況を知るにつけ、思い出すことがある。それは、小説『日本沈没 第二部』(小松左京、谷甲州著)である。小松左京により1973年に発表された大ベストセラー小説『日本沈没』の続編。その第二部では、日本列島全体が海面下に没した結果、日本人は国土を喪失し、世界各地に入植していた。

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