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[8]新たな「補償」に出るべき三つの理由(下)

朴裕河 世宗大学校日本文学科教授

 もうひとつ、新たな措置に出たほうがいいと思う理由があります。

 2007年、欧米の各国では「慰安婦」問題をめぐって日本は謝罪すべきとする国会決議が次々と出されていました。それは、アムネスティに対する支援側の働きかけで行われた、韓国、オランダ、フィリピン人の「慰安婦」の証言が「効をなした」結果でした。アムネスティが、「慰安婦」問題を「人身売買のひとつ」と受け止めたのであり、欧州議会の議決はそれを受けての支持だったと言うのです(羽場久美子「欧州議会は、なぜ従軍慰安婦問題非難決議を出したのか」『学術の動向』2009・3)。

拡大安倍晋三首相(当時)に謝罪を求める元「慰安婦」や人権団体のメンバー=2007年4月26日、アメリカ・ホワイトハウス前

 あの決議は、同じ年の春、安倍晋三首相(当時)が「慰安婦」問題をめぐって「強制性はなかった」と発言して起こったことの影響もあるように思われます。首相に対する批判が高まり、安倍氏はアメリカで「謝罪」しました。

 しかし、日本の一部の議員たちはアメリカの新聞に「FACT」のタイトルで広告を出して、その「謝罪」を否定するかのことをしました (『ワシントン・ポスト』2007.6.14)。そのことこそが、国会決議成立を防ぐのではなく、むしろ成立させるほうへ導いたものと考えられます。

 安倍氏は、「広い意味での強制性はあったが狭い意味での強制性はなかった」としました。このような考え方については、以前書いたので、ここでは繰り返しません。

 しかし、あることの「責任」が問われているなかで加害者に望まれているのは、「悪かった」との一言であるはずです。ことの「事実」に関する釈明は、たとえ本人が責任を感じながらの釈明だとしても、責任回避と受け取られるほかなく、被害者の、和解のための前向きの気持ちを縮小させるだけです。

 そして、実際安倍氏は、「20世紀は人権が世界各地で侵害された世紀だが、日本も例外ではない」(産経新聞、2007・4・27)として、悪いのは日本だけでないとしました。この言葉の中心をどこにおくかは一概にいえませんが、少なくともこの言葉が別の対象の「責任」をも喚起させようとするものであることは確かです。

 日本は、自らの考える「ファクト」を世界に突きつけてみても効果がなかった2007年の事態を、深刻には受け止めなかったようです。そして、当時の決議を、拘束力のないものとして無視し続け、今日に至っています。2007年に、「日本の弁護を買って出ることの多い人物ですら」「安倍首相を擁護せず、批判する方に回」(北岡伸一、「外交革命に日本はどう立ち向かうか」、中央公論、2007.9)ったにもかかわらず、です。そしてなお、「慰安婦」問題を否認する人々は、「真実をアメリカや欧米に知らせるべきだ」と主張しているのです。

 しかし今や、「日本は『慰安婦』問題に関して謝罪をしていない」との認識は、韓国や被害国だけではなく、「世界の認識」になっています。

 アメリカ下院の決議を見ると、「慰安婦」制度に関して「若い女性たちの確保を公的に行った」もので「その残酷さと規模において前例を見ないもの」「集団強姦、強制中絶、屈従、身体切除、死や結果的自殺にいたる性暴力」「20世紀でも最大の人身取引事件のひとつ」と認識していることがわかります。

 そして「日本の公人、私人が慰安婦の苦労に対して日本政府が真摯な謝罪と後悔(お詫びと謝罪<訳注>)を表敬した1993年の河野洋平内閣官房長官の『慰安婦』に対する声明を弱める、あるいは撤回する欲求を表明」したと理解しているのです。

 もっとも、この指摘は「基金」を認めない韓国とは違って、「民間基金たるアジア女性基金の1995年設立をもたらした日本の公人と民間人の勤労と情熱を賞賛」しつつ、「アジア女性基金」が「日本の人々からの『償い』を慰安婦に届けるべく5700万ドルの寄付金を集めたもの」で、「政府によって着手された、資金の多くを政府に負う民間基金」であることを認識したうえでのものです。

 そのうえで安倍氏が「強制性を否定する発言を行った」としながら、「強制性に対する事実関係はアジア各地の被害女性から証言がなされており」「最高裁判所の判決でも認定」されたもので、日本政府は謝罪したとするが「被害女性たちの納得を得る謝罪ではなかった」としているのです。

 そしてその根拠として、日本が「国家の責任を明確かつ公的に表明したうえでなされなかった」「国の責任を否定する言説が閣僚を含めて繰り返された」「教科書からの激減をよかったとする閣僚の発言など」「謝罪が全地域の被害者個人に直接届けられなかったこと」をあげています(以上、引用は日本の戦争責任資料センター『「戦争と女性への暴力」日本ネットワークなどの提言――日本軍慰安婦問題に対する謝罪には何が必要か』2007.7.31)

 決議は、被害女性でも受け取った人がいることを知らないように見えます。そのほかにも、指摘の多くは支援団体の主張と重なっていて、必ずしも事実とは言えないところもないわけではありません。支援団体と異なるのは、「基金」をともかくも謝罪・補償の主体として認めていることぐらいです。そういう意味では、このような決議内容に問題がまったくないとは言えません。

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筆者

朴裕河

朴裕河(パク・ユハ) 世宗大学校日本文学科教授

1957年、ソウル生まれ。世宗大学校教授。慶應義塾大学文学部卒業後、早稲田大学大学院で日本近代文学を専攻(博士)。著書に『和解のために――教科書・慰安婦・靖国・独島』(佐藤久訳、平凡社ライブラリー、2007年度大佛次郎論壇賞受賞)、『ナショナル・アイデンティティとジェンダー――漱石・文学・近代』(クレイン)、『反日ナショナリズムを超えて――韓国人の反日感情を読み解く』(安宇植訳、河出書房新社)など。編著に『東アジア歴史認識論争のメタヒストリー――「韓日、連帯21」の試み』(青弓社)。