メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

news letter
RSS

海上自衛隊幹部候補生学校の卒業式に見た「海軍の歴史と伝統」

小沢秀行

 この後、卒業生は一列になり、100年以上前に建てられた赤煉瓦の幹部候補生学校を出て表桟橋まで、「軍艦マーチ」の音楽にのって行進します。

拡大表桟橋まで行進

 学校から表桟橋までの白砂の行路の脇には父兄や来賓がびっしりと見送りの人垣をつくる。学生は白手袋の左手に卒業証書の入った筒を持ち、右手で敬礼しながら、その前を通り過ぎる。そして、表桟橋についた者から順次、小型ボート6隻に分乗し、全員がそろうと、今度は「蛍の光」にのって、沖合はるかに停泊する5隻の艦艇に向けて出発する。

 この時、「帽振れ」(ぼうふれー)というかけ声がかかり、見送る方も送られる方も、帽子を頭上に高く掲げ、大きく左右に振ります。これもまた、海軍時代から続く海上自衛隊独特の別れのあいさつだそうです。

 この日は天候がよかったこともあり、卒業生が練習艦隊に乗り組むまでの間、海自のヘリと航空機による祝賀飛行(4編隊)が行われました。哨戒機P3Cの編隊には米海軍の1機も「友情出演」しました。

 そして、準備の整った練習艦隊からは、光の点滅による発光信号が送られてきました。「若武者と 飛躍の海に 船出せん。行って参ります」「若鷲と はるかな海に 飛びゆかん。行って参ります」。解読された、いずれも5・7・5のメッセージが会場にアナウンスされます。

拡大沖合の練習艦隊に向かう

 最後に沖合の艦艇は1隻ずつ、長―い、長―い汽笛を鳴らして、広島湾の宮島の方角に姿を消していきます。

 卒業式を終え、「別れの小宴」を催した後、隊伍を組んで表桟橋まで行進し、沖に停泊する練習艦隊に乗り込んで航海実習に出る――。戦前の海軍兵学校の卒業式を撮影した記録写真を見ましたが、全く同じ風景でした。

 「海軍の歴史と伝統」。ここ江田島では、何度も耳にする言葉です。陸上自衛隊が戦前の陸軍の歴史と伝統を、意識的に断ち切ってきたのに対し、海上自衛隊は海軍の歴史と伝統を今も大切にし、そのつながりを隠そうとはしません。

 例えば、「五省(ごせい)」という標語のようなものがあります。

一、至誠に悖(もと)るなかりしか 

・・・ログインして読む
(残り:約1250文字/本文:約4761文字)

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。


筆者

小沢秀行

小沢秀行(おざわ・ひでゆき) 

1963年、埼玉県生まれ。金沢大学法学部卒。1987年、朝日新聞社に入社。初任地は熊本支局。西部本社(北九州市)、東京本社で長く紙面編集部門に勤務した後、1995年に政治部に。村山首相の総理番を振り出しに、首相官邸、外務省、連合、自民党などの担当を歴任。首相官邸サブキャップ、自民党キャップを経て、安倍内閣末期から福田内閣、麻生内閣、鳩山内閣発足まで、首相官邸担当デスク。この間、2年間、大阪社会部デスクも。政権交代直後の2009年10月から論説委員。2012年4月より、朝日新聞編集センター長代理。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

小沢秀行の記事

もっと見る