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利害にもとづいた議論は「熟議」とは言わない

三島憲一

三島憲一 大阪大学名誉教授(ドイツ哲学、現代ドイツ政治)

 「熟議」という言葉が政治の場で使われるようになったのは、いつ頃からだろう。おそらく民主党政権になってからだろう。元来は、民主主義をめぐるヨーロッパやアメリカの議論のなかで使われた言葉だ。

 そうした議論のなかでは、数がものをいうだけになりがちな、また政策が業界の関数に堕しがちな民主主義の欠陥をただすために熟議的民主主義(deliberative democracy)という考え方が論じられるようになった。

 でも、日本での実際の使われ方を見ていると、これほど怪しいものはない。TPPでもいい、消費税でもいい、原発再稼働問題でもいい、あるいはもっとさかのぼって菅首相(当時)による浜岡原発停止要請でもいい、どの例をとっても、提案に賛成の陣営の代表者は、「英断だ」「決断に敬意を表する」「熟議の結果」といった言辞を弄し、反対派は、「拙速だ」「もっと時間をかけるべきだ」「熟議すべきだ」といきまく。民主党(またの名はばらばら党)三代目野田政権では、「丁寧に」「時間をかけて」といった意味に絞って使われ続けているようだ。

 もっとも、決定直前で抵抗が大きくても結論を変える気は毛頭ないので、「丁寧に」「時間をかけて」というのは、ひと呼吸おくテクニックを言うようだ。

 「もう一回よく考え直す」「来週もう一度検討し直す」とか、週末のあいだに「基準の基準を作る」といったことだ。この摩訶不思議な「いったん持ち帰り方式」が「熟議」ということらしい。ずっと座っていることで、お尻の筋肉を鍛錬するということなのかもしれない。「『熟議』とは『忍』の一字と見つけたり」ということかもしれない。TPPでも、消費税でも原発再稼働でも実に誠意を持ってたっぷり「熟議」を重ねられた対応ぶりには、なんとも敬意を表したい。

 だが、これほどの誤用、曲用、乱用はない。こんな使い方をする者は皆「乱用罪で逮捕」と言いたいところだ。

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筆者

三島憲一

三島憲一(みしま・けんいち) 大阪大学名誉教授(ドイツ哲学、現代ドイツ政治)

大阪大学名誉教授。博士。1942年生まれ。専攻はドイツ哲学、現代ドイツ政治の思想史的検討。著書に『ニーチェ以後 思想史の呪縛を超えて』『現代ドイツ 統一後の知的軌跡』『戦後ドイツ その知的歴史』、訳書にユルゲン・ハーバーマス『近代未完のプロジェクト』など。1987年、フィリップ・フランツ・フォン・ジーボルト賞受賞、2001年、オイゲン・ウント・イルゼ・ザイボルト賞受賞。

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