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火力戦闘車の開発は必要か(1)――重すぎる重量

清谷信一 軍事ジャーナリスト

 陸上自衛隊幕僚監部(以下陸幕)は本年度予算で「火力戦闘車」の開発予算64億円(総額は99億円)を要求したが、財務省は計画があまりに杜撰だという理由で開発を認めず、輸入の可能性も模索せよ、と調査費だけを認めた。筆者はこの「火力戦闘車」の開発は、軍事的合理性、経済的合理性が極めて低く、税金の全くの無駄遣いと考える。

 「火力戦闘車」とは現在陸自が使用している牽引型155ミリ榴弾砲、FH-70の後継として必要だとして、国産開発すべきだと陸幕が主張している簡易型の自走砲だ。

 この種の自走砲はソ連崩壊後、フランスのネクセター社が開発したカエサルが嚆矢であり、装甲化されたキャブを持つトラックに榴弾砲を搭載したものだ。通常の榴弾砲に比べて調達・運用価格が安い。また射撃の準備、撤収の時間が短く、キャブが装甲化されているために生存性も牽引型榴弾砲に比べて高い。トラックの車体を利用しているので、道路を高速で移動でき、また輸送機での空輸も可能だ。これは装軌式の重い従来型の自走榴弾砲では不可能だ。

フランスのカエサルは簡易型装輪榴弾砲のはしりだ=ネクセター社提供

 つまり簡易型装輪自走砲(これは筆者の造語である)は自走榴弾砲と牽引砲の中間的な存在といえる。既にイスラエル、スウェーデン、南アフリカ、セルビアなど多くの国で同様のシステムが開発されている。ソ連崩壊後はこの種の簡易型自走砲の需要が国際的に増えている。ちなみに陸幕はかねてこの種の簡易自走砲に興味を持っており、その嚆矢であるフランスのカエサルに関しては、南仏の射撃場で実射を視察している。

 筆者はこの種の簡易型装輪自走砲自体は有用だと考えるが、陸幕の開発案ははじめに結論ありきであり、また我が国の国情を無視したあまりに胡乱なものである。

 そもそもこの「火力戦闘車」なる残念なネーミングセンスは何とかならないものだろうか。まるで昭和の漫画雑誌の「秘密兵器特集」にでも出てきそうだ。

 防衛省がウエッブサイトで公開している「我が国の防衛と予算 平成24年度概算要求の概要」では「火力戦闘車」は「ゲリラや特殊部隊による攻撃への対応」の項目で「現用の牽引式りゅう弾砲(FH-70)の減勢に対応するため、射撃・陣地変換の迅速化、戦略機動性の向上及びネットワーク化を図った火力戦闘車(装輪自走砲)を開発」とある。開発は24~27年度にわたり、開発総額は約99億円と見積もられている。

 現在我が国が想定する有事のシナリオは「我が国の防衛と予算 平成24年度概算要求の概要」のいうゲリラ・コマンドウに加えて島嶼防衛であり、大規模な地上戦ではない。ならば優先順位を考慮すれば「火力戦闘車」よりも、島嶼防衛に有用である、UH-60汎用ヘリなどでも空輸が可能な105ミリ砲や超軽量の155ミリ牽引砲を先に調達すべきだ。これらの装備を陸自は保有していないからだ。

 自衛隊の島嶼防衛は主として南西諸島を対象としている。南西諸島は大小約400の島々からなっている。鹿児島から沖縄まで約600キロ、沖縄本島から与那国島までの約700キロの間にこれらの島々が点在している。

 これらの島々の多くは地質が固く、応急陣地や飛行場の建設が難しい。また島内に舗装道路が整備されていない場合も多い。更には島の周囲には環礁が存在している。

 一般的にサンゴ礁海岸は島から400~600メートル前後は水深1メートル程度のリーフが続き、更に内側20~100メートル程度の間には水深2~3メートルで下がデコボコの海底が続き、海岸のすぐ後ろにはコンクリート製の防潮堤が築かれている。陸上自衛隊富士学校のリサーチでは、これらのことから離島に派遣される部隊は装軌式装甲車輛が必要であるとしている。水上輸送と生存性を考慮するならば、むしろ重たいが、装軌式の99式自走榴弾砲の方が適しているとも言える。

陸上自衛隊の火砲のうち、約100輛は装軌式の99式自走砲だ=筆者提供

 そのリサーチでは、いったん敵に奪取された島を奪回するためまず投入される部隊には空輸性が高い超軽量砲が有用であるとしている。また島嶼奪回に必要な水陸両用部隊は増強連隊規模が必要としている。

 現時点で関係者に取材したかぎりでは、「火力戦闘車」は既存の陸自装備である8輪の重装輪回収車をベースとし、新中SAM(新中距離地対空誘導弾)システムなどで使用されている重装輪車両に、99式自走榴弾砲の砲システムに改良を加えたものを搭載する。 

 つまり、既存のシステムを搭載することによって開発のコストおよび期間を圧縮しようということだ。なお、キャブ部分は装甲化される予定だ。

 既存品を組み合わせることで、開発費と開発リスクを低く抑え、開発期間を短縮する考えかた自体は悪くない。だが問題は重量だ。

 諸外国では簡易型装輪自走砲の車体には6輪トラックを使用し、空自も保有しているC-130輸送機での空輸を前提としているものが多い。ところが8輪で重たい重装輪回収車は車体重量が258トン(クレーン部含む)もあり、「火力戦闘車」の戦闘重量は少なくとも26トンくらいにはなるだろう。カエサルの18.5トンよりもかなり重たい。

 これだとC-130での輸送は不可能で、航空自衛隊が開発中のC-2輸送機でもギリギリ搭載できる重量だ。無理やり軽量化するためにはキャブの装甲化を諦めたり、搭載弾薬を極端に少なくする必要がある。だが離島での作戦では機動力と生存性が期待されるので、これらを諦めると島嶼防衛での有用性が大きく減じる。無理やり既存の車輛を使用するのではなく、輸入品の6輪軍用トラックを導入すればよいと思うのだが、それを許さないオトナの事情があるらしい。

 C-2は2000メートル級の舗装された滑走路がなければ運用できない。これは軍用輸送機としては極めて異様だ。軍用輸送機は普通、未舗装の滑走路での運用を想定しているが、空自はこれを要求しなかった。このため急造の滑走路や、爆撃を受けて破壊され応急処置を施した滑走路、あるいは地震や津波で被災した滑走路では運用できないだろう。つまり平時しか想定していない「軍用輸送機」なのだ。

 島嶼では一般的に滑走路が

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