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[13]実践可能な解決を目指して

朴裕河 世宗大学校日本文学科教授

(1)最近の動向

 「慰安婦」問題が解決できなかった原因を「慰安婦」と支援団体は「日本政府」の「責任回避」に求めましたが、そのような認識は、「政府」に対する不信が作ったものでした。

 もちろん、すでに述べたように、日本政府ははじめから、補償金を国庫から全額を出すか、支払う主体が形のうえでは「民間」でも、実際には政府が最後まで責任主体となる「政府中心の補償」であることを明確に示すべきでした。「基金」の解散後も日本政府は、市民団体に委託する形で、政府資金を使っての元「慰安婦」のケアと支援を行っています(外務省、特定非営利活動法人CCSEA朋ホームページなど)。

 韓国の支援団体の場合、現代日本に対する知識と情報が十分でなかったことが、この問題に対する理解を狭めました。ただしそれは既存の日本観に大きく規定されてのものだったのですから、韓国における日本専門家の責任も大きいと言うべきかもしれません。

 何よりも、この問題を、日本政府をはじめとする関係者に直接取材することなく支援団体からの情報にのみ頼って報道した韓国のメディアの責任は大きいと言わねばなりません。もっとも、これらのことは、「慰安婦」問題を否定する日本の人々に影響されてのものでもありました。

 最近、日本政府は、「慰安婦」問題をめぐって新たな補償に出る意志があることを表明しました(2012・5・12付「北海道新聞」)。

 それによると「斉藤勁官房副長官が四月に訪韓した際、韓国大統領府に対し、従軍慰安婦問題の解決策として、野田佳彦首相による謝罪や補償などを打診してい」ました。ところが「韓国側は日本側に慰安婦支援団体の意向を聞くように求めるなどして難色を示し、合意に至らなかった」というのです。

 これは、2011年12月の日韓首脳会談の時、韓国大統領が「慰安婦」問題の解決を求め、その後も再三この問題に言及したことを受けとめてのことと思われます。

 韓国の李明博大統領は2012年3月、核安保サミット会議前の記者会見で、「慰安婦」問題をめぐって「法的解決より人道的解決」を支持する発言をしました。しかし挺身隊対策協議会がさっそくこの発言を強く批判する声明書を発表し、4月には発言の背景と意図をただす公開質問状を出していました。

 さきの記事が記す韓国の「難色」は、そのことを受けて韓国政府が一歩引いたものと考えられます。韓国における「慰安婦」支援団体の力を見せつける事態でした。

 さらにいえば、韓国政府のこうした姿勢は、この20年の間、韓国において支援団体の認識(謝罪しない日本・立法解決のみ解決の道)がそのままメディアの記事となり、「国民の共通認識」になっていった結果でもあります。2012年暮れに大統領選挙を控えていることもあって、「国民の常識」に反することをあえてすることを避けるためとも言えます。

拡大ソウルの日本大使館前で開かれた元日本軍「慰安婦」たちの集会。このときが通算1000回目=2011年12月14日、AP

 その後、韓国政府は国防相の訪日を延期し、日中韓FTA交渉にも消極的になりました。このことは、現在の日韓外交において、「慰安婦」問題が占めている位置を象徴的に示すものです(注:その後、韓国の新聞でも上記のことが報道され、日本の玄葉光一郎外務大臣は、そのような交渉はなかった、と否定しましたが、その否定は韓国との水面下協議がうまくいかなかったためのものと考えられます)。

 一方で日本政府は、2011年の暮れ、ソウルの日本大使館前での「水曜デモ」1000回を記念して大使館の前に立てられた「平和の碑」(「慰安婦」少女銅像)を撤去することを要求しています。

 さらに、最近ソウルに作られた「戦争と女性の人権博物館」について、日本の駐韓大使館は「不適切な表記は問題だ」として韓国外交通商部に抗議しました。「外務省によると展示には、日本政府が全面的な責任を認めず、法的な責任を果たそうとしていないなどとする記述があり、駐韓大使館は問題があると指摘した」(「産経ニュース」、2012・5・15)というのです。

 これを受けて韓国のメディアは、この博物館の建立に韓国政府が支援したことに日本大使館が抗議したことを報じながら、「不当な言いがかり」であると報じています(2012・5・18付「中央日報」)。

 同じような葛藤はアメリカでも起きていて、最近はアメリカのパリセーズパーク市に立てられた「慰安婦」記念碑を撤去するように自民党の議員たちが市長に撤去を要求するようなこともありました。現在(2012年6月はじめ)、日本のネットでは撤去を求める署名運動も行われています。以前からこの問題を欧米に知らせるとしてアメリカの新聞に広告を出してきた韓国の歌手は、3月に続いて5月末にもニューヨークタイムズ紙に広告を載せ、日本のネットはそのことを激しく批判しています。十数年前からの日韓の不信と葛藤は、以前よりも激しい形で多くの市民たちを巻き込みながら続いているのです。

(2)解決に向けて

 先の記事によると、日本政府が、「打診」をした内容は「首相による大統領への謝罪」「大使による『慰安婦』への謝罪」「日本政府による補償」が「検討できる」ということだったようです。長い沈黙を破ってのこのような提案に対して韓国政府が渋ったのは、言うまでもまく、日本政府が考える「補償」が、「政府単独」のもの――つまり支援団体が主張する「法的責任」を取るような形ではないことによるものだからです。

 しかし日本政府は、あきらめずに協議を続けるべきです。なぜなら、すでに述べたように、ともかくもこの問題の解決は、日本のためにもなることだからです。90年代の日本政府の「基金」案が反発を呼んだのは、謝罪や補償の形を決める過程で「当事者」が排除されたことにもありましたから、支援団体や「慰安婦」、そして両国の識者を第三者として交えて協議をはじめればいいでしょう。

 そして、解決案をめぐる合意に達して「謝罪」をすることになるのなら、今度こそより「公式」なものにするほうがいいと思います。この問題が「慰安婦」という存在として現れた「植民地支配」問題であることを再認識し、1965年の日韓基本条約には植民地支配に対する謝罪が含まれていなかったことを示すべきです。

 そのとき、朝鮮を植民地にして支配していた時に犠牲になったさまざまな人たち――3・1独立運動万歳事件、関東大震災、兵士に動員されての戦争、その後の日常的拷問などによって命を失った――に対する気持ちをその「謝罪」に込めることができたら最高の形になるはずです。そのことは、世界が現在形として共有する「謝罪しない日本」像を改める機会にもなるはずです。そのとき、「国民基金」は、韓国人「慰安婦」に対する支給状況など、未公開の資料を公開したらいいと思います。

 日本政府が「政府国庫金」で補償しようとする場合、依然として問題を否定する人たちが多い中で、それを押しての試みであることを評価し支えることが、日本の支援側に望まれます。

 もっとも、支援側は、「慰安婦」問題を「戦争」犠牲者とすることで運動の成果をあげてきましたから、「植民地支配」の問題にすることに抵抗があるかもしれません。しかし、いくつかの国々の中で、なぜ韓国だけがいまだ「問題」として残っているかを考えるべきです。韓国の「慰安婦」が「基金」を「涙金」と受けとめたのは、過去に受けた「差別」経験と記憶ゆえのことです。つまり、「韓国」の「慰安婦」たちには「誇り」に対する意識がより高かったのであり、だからこそ「同情」を警戒し、「反発や抵抗」が強かったのです。

 そもそも、「基金」成立のとき、その受け止め方をめぐっては「激論」がありました(花房恵美子、シンポジウム「『慰安婦』問題の解決に向けて」資料集、2012・3・10、同志社大学)。ならば、「激論」の末に否定された十数年前の人々の考えを今あらためて振り返るべきかもしれません。

 韓国の思いを受け止めてのものとはいえ、日本の支援側は、誤解と不信の中で日本政府の試みを実らせませんでした。これ以上遅くなる前に、不完全に見えても実践可能な解決を目指すべきではないでしょうか。支援側の理念が「アジアの平和」を目指すものだったのは確かでも、20年の運動は、残念ながら「平和」ではなく「不和」を生み続けてきました。

 今度こそ、日本政府がより完璧な「謝罪と補償」に出られるように政府を支え、その試みが実るよう、韓国との間で「架橋」の役割をするべきです。それは、韓国からもっとも信頼されている立場だからこそ可能なことでもあるのです。

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筆者

朴裕河

朴裕河(パク・ユハ) 世宗大学校日本文学科教授

1957年、ソウル生まれ。世宗大学校教授。慶應義塾大学文学部卒業後、早稲田大学大学院で日本近代文学を専攻(博士)。著書に『和解のために――教科書・慰安婦・靖国・独島』(佐藤久訳、平凡社ライブラリー、2007年度大佛次郎論壇賞受賞)、『ナショナル・アイデンティティとジェンダー――漱石・文学・近代』(クレイン)、『反日ナショナリズムを超えて――韓国人の反日感情を読み解く』(安宇植訳、河出書房新社)など。編著に『東アジア歴史認識論争のメタヒストリー――「韓日、連帯21」の試み』(青弓社)。