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学生・社会人×民主若手議員 マニフェスト検証会議

WEBRONZA編集長 矢田義一

 「新しい公共」というようなこともいいました。私が個人的にずっとやってきた「コミュニティスクール」というのは、400校から1200校まで増やしていくことができました。放課後子ども教室は9700校になっています。また、私が10年前から言っているんですけれども、今、学校ボランティアが全国で約40万人いる。10年前は、PTA以外の学校ボランティアはオフィシャルにはゼロでした。これらは、ある意味では新しい公共の実際の取り組みです。

 また、「新しい公共」については、何よりNPOに対する寄付促進税制が大きい。この国には、所得から寄付した額を引いて、後に税率をかけるという所得控除という制度はありましたけれども、確定した税金の税額から寄付額の半分を減らして納税額を減らすという税額控除という制度はありませんでした。これを、新しい公共円卓会議を開くことによって、また超党派のみなさんのご理解も得て、これをつくることができました。これは認定NPOあるいは学校法人、社会福祉法人、私立大学や私立幼稚園もこの対象になっています。

 以上説明してきましたように、大きな資源配分の配分構造を変えるということをやらしていただいて、今申し上げたような、雇用構造の変更ということに先鞭をつけることができました。なぜ、これができたかということを最後に申し上げたいと思います。

 私たちは政治主導ということを言ってきました。政治主導という言葉はいろいろな意味で使われていますが、政策学的にいうとこういうことです。つまり、事務次官会議前置主義の撤廃ということですね。どういうことか。

 閣議というのが政府の最終意志決定機関です。おおむね火曜日と金曜日に行われます。メンバーは全閣僚です。これまでは、政権交代前はその前の日、月曜日と木曜日に事務次官会議というのが必ず置かれていました。事務次官会議の構成メンバーは全ての省庁の事務次官などによって構成されます。そして、それを事務次官会議というのはどういう役割をもっているかというと、次の日の閣議の議題を決める。しかも全会一致です。もちろん議案の承認もします。

 日本の国の何がいけなかったかというと、予算の配分構造が戦後ずーっと変わらなかったということ。要するに、省庁の予算配分の順番が変わりませんでした。しかし、我々の政権になって、一年目の予算編成において、文部科学省予算が国土交通省予算に並び、2年目の予算で、文部科学省予算が国土交通省予算をはるかに上回りました。これは戦後初めてです。

 それができたのは、まさに事務次官会議を閣議の前におくという前置主義をなくしたからです。つまり、政権交代前は全会一致主義で、事務次官会議が閣議の前の門番をしていたので、国土交通省の予算だけ減らして、文部科学省予算と厚生労働省の予算を増やすということはできませんでした。国土交通省の次官が必ず反対しますから。このような予算案は通りませんでした。だから、我々は事務次官会議をつぶしました。そして、閣議にかける案件は政治が決めるという原則を貫くことができるようにしたのです。

 もちろん、いろいろな議論の中でお役人のデータもあるいは、お役人の素案も決めますが、政治の仕事は、役所の範囲でできることは役人にまかせておけばいい。役所を超えるテーマについて、その調整や構造改革ということをやるというのが我々の一番の仕事です。事実、それをやめたことによってダイナミックに予算配分構造を変えることができました。

 政治主導というのは、言い換えれば、「国民主導」といってもいいかもしれません。私たちが勝手に政治家同士の議論で決めているわけではありません。例えば、2年目に政策コンテストというのをやりました。189の事業を我々は霞が関全体で対象にしました。そうしましたら、実に33万通のメール、アンケートが集まりました。ですから、一人ひとりが声を上げて政治を変えようという「ワンボイス」は非常に意味があるのです。

 33万集まった結果、189の事業のうちで1番は「奨学金を充実してほしい」ということでした。33万人のうち50%が10代、20代、30代からの声でした。

 おそらく戦後の歴史において10代、20代、30代が直接政府にこれだけの意見を言ったことは初めてだと思います。189のうちですね、文部科学省のものがかなり上位にきました。実は1番から8番まで文部科学省だったのです。つまりそれは、10代、20代、30代が初めて声を上げたからです。そして、それによって、さっき言ったように予算配分構造を変えることができた。まさに、政治主導というのは、官僚による現状維持の予算配分構造を、今の国民のみなさんのニーズを反映した声にもとづいて変えていくことなのです。こういうことが、マニフェストを掲げた政権交代による現時点での成果ということをご理解いただきたい。

 こういう話を、私は文部副大臣の時、記者会見で1時間ぐらい話しています。数字はウソをつきません。今言った話は全部ウェブに出ています。しかし、それをもっと分かりやすく説明するとか、それを資料にうまく発信するとか、そういうところは僕らもっともっと反省しなくてはいけないと思っていますが、残念ながらなかなか伝わりません。

 マニフェストというと、八ツ場ダムをめぐる方針変更などばかりが注目される。確かに変更したのは事実ですが、八ツ場の工事停止はやめたかもしれないが、国土交通省予算は3割削ってはいるのです。例えば、川辺側ダムはやめているわけです。そういう全体を見渡したこと、すべて、エビデンスを出して、エビデンスに基づく、証拠に基づく議論ができるような時代に日本も早くなりたいと思います。その基礎としてはマニフェストというのは大変意味がある。ただ、まだまだ発展途上ですから、そのマニフェストの作り方、議論の仕方、報道の仕方というのを、今日を含め、みなさんとさらにいいものにしていければいいなと思っています。

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