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歓迎すべき民主党分裂――政治改革の失敗と小沢一郎

小林正弥

小林正弥 千葉大学大学院社会科学研究院教授(政治学)

■「政治改革」の失敗と民主主義の機能回復

 野田政権は自公と合意して消費税増税をすることを決め、6月26日に社会保障・税一体改革関連法案が衆院本会議で採決された(賛成363票、反対96票)。この決定は、もちろん前回の総選挙時における民主党マニフェストに反している。

 菅政権は「社会保障と税の一体改革」という表現を用いてマニフェスト違反の消費税増税を主張し始めた。ところが、今回の合意は社会保障制度改革国民会議で議論することにして、民主党が主張してきた抜本的な社会保障改革を棚上げしているから、マニフェスト違反であるだけではなく、「社会保障と税の一体改革」ですらもなく、もともと自民党が主張していたように財政赤字を解消するための消費税増税を行おうとしているとしか解釈できない。

 そこでこれに反発して、57人の民主党議員が反対した。欠席・棄権を含む造反者は70人以上で、小沢グループなどの一部は脱党して新党を作る可能性が高いと報じられている。この行動が成功するか、失敗するかということにメディアの関心は集中している。しかし、この出来事については民主主義や政党政治という大きな視座から見ることが必要である。

 他ならぬ小沢一郎氏が主導して、細川内閣時の1994年に「政治改革」の名のもとで衆議院を小選挙区制中心の選挙制度(小選挙区比例代表並立制)に改めた。その目的は、それまでの自民党政権の政治(一党優位政党制)において政財官の癒着や族議員、利益誘導政治・政治腐敗などの弊害が顕著だったので、二大政党化を進めて政権交代を実現することだった。英米の二大政党制がモデルと考えられ、それを選挙制度改革などによって実現しようとしたのである。

 これに対して、当時、私は比較政治学の観点から反対していた。世界全体の民主主義を見ると、ヨーロッパでは比例代表制を中心に穏健な多党制の国が多く、しばしば連合政権によって政治を運営している。二大政党制は少数派の意見を表現する政党が議席を獲得することが困難だから、単純な左右のイデオロギーで考えることが難しい新しい論点(生命倫理、エコロジー、世代間問題など)が増えている今日では、必ずしも望ましくない。

 日本においては、小選挙区制の問題点はさらに大きい。英米の場合は階層や貧富の相違が明確だから、二大政党が上下の階層にほぼ対応し、その理念や政策が明確に異なるのに対し、日本はそれほど階層差が大きくないから、政策の相違が不明確になる危険がある。

 さらに、戦前においても、政友会と民政党という二大政党の間で政権交代を行った政党政治の時期(1924―1932年)があったが、失敗に終わった。当初の民政党は、政権政党だった政友会よりも概して進歩的な政策を主張していたが、民政党が政権を獲得した後では政友会との政策の差が小さくなった。そして民政党にも政治腐敗の問題が起こって、政友会と民政党は双方ともお互いを腐敗していると攻撃し、結果として政党政治の信頼を失わせて軍部が台頭して軍部主導の強権政治に移行し、戦争に突入した。

 今日の日本においても、小選挙区制を導入して強引に二大政党化を進めると、同じように二大政党の政策の差が少なくなって、政策や体質の似た二大政党が生まれ、お互いに非難しあって結果的に政党政治への信頼が失われ、民主主義の危機が訪れる危険性がある。このように危惧したのである。

 残念ながら、私のこのような懸念は的中してしまったと言わざるを得ない。小沢氏や鳩山由紀夫氏が代表だった時には、民主党は格差の是正などを掲げて自民党と異なった理念や政策を掲げ、「友愛」「新しい公共」といった理念や「脱官僚」「コンクリートから人へ」といった理想を主張して多くの人々の期待を集め、政権交代が実現した。この時には、二大政党の間で理念や政策の相違が鮮明だったので二大政党制の機能が発揮されているように思われ、私も「友愛」「新しい公共」という当時の民主党の理念に共鳴して、より良い政治が実現することを願った。

 しかし、鳩山政権の崩壊後、菅政権、さらに野田政権となるにつれ、前回の総選挙で民主党が掲げていた理念や政策は次々と放棄されるか棚上げされた。菅政権が現実主義を強調してから「脱官僚」の理想はほとんど聞かれなくなり、野田政権は財務省をはじめとする官僚制に依存していると批判されている。そして、消費税をはじめとする大問題について、自民党との政策の相違は非常に小さくなってしまったのである。これを反映して、すでに菅政権時に仙谷由人官房長官により大連立構想が示唆されるようになり、今回の消費税増税についての自公民の合意はそれをこの論点に限定して実現したのである。

 この結果、消費税や原発再稼働、TPPといった大問題について、自民党と民主党・野田政権の政策は似てきてしまい、これらについて根本的に異なった主張を、大きな政党を介して反映することは困難になってしまった。この結果、たとえば原発問題に関しても、再稼働では二大政党が一致している上に、原子力規制委員会設置法の付則に原子力基本法の改正が盛り込まれ「我が国の安全保障に資する」との目的が追加された。

 これは自民党などの修正要求に民主党が応じたもので、原発の核技術を潜在的な抑止力として捉える考え方を背景にしており、将来の核武装に道を開きかねない。法律の付則による改訂という疑わしい法的手続きでこのような大問題に関する基本法の改定が行われたにも拘らず、殆どこの点は審議がなされず、多くの人が気付かないままに、法案の衆議院上程からわずか5日間で成立してしまったのである。大政党の間で、健全な議論が国会で行われていれば、このようなことは起こりえなかったであろう。

 こうして民主党政権が当初の理想と乖離し、内部での分裂が激化するにつれ、多くの人々が民主党に失望し、自民党も支持できずに、二大政党に幻滅している。この結果、橋下徹大阪市長の率いる「大阪維新の会」に期待が大きくなっているし、石原新党なども注目されている。しかし、「維新の会」や石原新党には、民主主義や憲法という観点からの不安を指摘する声も大きい。

 このような変化を「政治改革」というもともとの理想から考えてみよう。確かに政権交代は実現したが、二大政党間の政権交代は一度しか生じていないのにも拘らず、はやくも二大政党は政策が類似してしまい、これらの大政党の政党政治に対する期待や信頼が失われている。そして、脱官僚をはじめ、「政治改革」の掲げた目的は、一度の政権交代を除けば、ほとんど実現していないように見える。

 この政党政治への幻滅は、危険な強権化を招きかねない。考えてみれば、戦前の政党政治は関東大震災(1923年)の翌年に始まり大恐慌発生(1929年)の3年後に崩壊したが、今も政権交代(2009年)の2年後に東日本大震災が起こり、ヨーロッパ経済危機について世界的な経済危機への深刻化が懸念されているのである。

 このような状況に鑑みると、小沢氏らの脱党と新党結成の動きは、それが成功するか失敗するかどうかは別にして、民主主義の機能や政党政治という観点からは望ましいと言うことができよう。 ・・・ログインして読む
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筆者

小林正弥

小林正弥(こばやし・まさや) 千葉大学大学院社会科学研究院教授(政治学)

1963年生まれ。東京大学法学部卒業。2006年より千葉大学大学院人文社会科学研究科教授。千葉大学公共研究センター共同代表(公共哲学センター長、地球環境福祉研究センター長)。専門は、政治哲学、公共哲学、比較政治。マイケル・サンデル教授と交流が深く、「ハーバード白熱教室」では解説も務める。著書に『対話型講義 原発と正義』(光文社新書)、『日本版白熱教室 サンデルにならって正義を考えよう(文春新書)、『サンデル教授の対話術』(サンデル氏と共著、NHK出版)、『サンデルの政治哲学 〈正義〉とは何か』(平凡社新書)、『友愛革命は可能か――公共哲学から考える』(平凡社新書)、『人生も仕事も変える「対話力」――日本人に闘うディベートはいらない』(講談社+α新書)、『神社と政治』(角川新書)など多数。共訳書に『ハーバード白熱教室講義録+東大特別授業』(ハヤカワ文庫)など。

 

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