聞き手=WEBRONZA編集部
2012年07月02日
広田 2008~09年に熊本県で起きた川辺川ダム問題出題事件を知っていますか? 県内の中学2年生向けの社会科テストで、川辺川ダム建設の是非を問う問題が出題され、「子どもたちの動揺と不安を招く」と批判を浴び、テスト実施が見送られたケースです(「朝日新聞」2009年3月4日付)。問題文は、「川辺川ダム建設計画は1966年に始まったものの、賛成・反対派双方の意見に決着がつかず、いまだに解決の見込みがありません。あなたは、この川辺川ダムの建設に賛成しますか。反対しますか。賛成・反対のいずれかに丸をつけて、その理由を書きなさい」というものでした。県の教育委員会や研究部会会長は「関係者の心情を思うと不適切」「判断の根拠となる資料もなく、出題は配慮を欠いている」などというコメントを発表しました。
しかし、私に言わせれば、そういうテスト問題を作った先生はえらい。地域の重要な問題で、しかも「正しい答え」がないような問題について、中学生に自分なりに考えてもらおうというのですから、すばらしい問題だと思います。こういうテスト問題に目くじらを立てて批判したり、批判に対してびびってしまい、「不適切」というコメントを出したりする教育行政などこそが非難されねばなりません。
――この事例などは典型かもしれませんが、現在の教育行政のあり方にはいろいろと問題があるように思います。その点はいかがでしょうか。
広田 総論的にいうと、冷戦時代に作られたいろいろな枠組みを見直していく必要がありますね。イデオロギー対立を背景に、子どもや若者を現実の社会の出来事から遠ざけるような学校教育が望ましいとされ、教育行政や現場に広がった。この点を見直す必要があります。このことは、『《愛国心》のゆくえ』(世織書房)や「コドモを市民に育てるには」(『アステイオン』第72号、阪急コミュニケーションズ)で書きました。冷戦も終わったんだし、もっと自由で多様に社会の現実に触れる教育の可能性を考えないとダメだと思います。
――では、その観点で見たとき、教育委員会はどうですか。
広田 官僚制の弊害で、硬直していますねぇ。思考停止した教育委員会が多い。先ほどあげた「決まりやルールを〔 〕」という問題を出したら、教育委員会関係者の100人中99人が、〔守ります〕と答えると思いますよ(笑)。〔作る〕とか〔変える〕という発想がない。校長の多くもそうですね。長年「上の言うとおりにしろ」と言われてきて、それがよい教育行政であり、学校経営であった。「決まりやルールを〔守ります〕」という世界で生きてきているんですね。上から言われたことを伝達講習などでオウムのような正確さで各学校、各教員に徹底普及するのが、「教育行政」だったのです。また、問題が生じないように、下のレベルになればなるほど、細かな手続きや指導をつけ加えて、逸脱が生じないようにする。
教育課程行政の硬直に関して、東北大の水原克敏さんが面白いことを書かれています。1958年からずっと長い間、国が指導要領に法的拘束力を持たせて教育現場を強く拘束してきた。学習指導要領の運用も「最低かつ最高水準」とされたので、下のレベルで考えることは何もなかった。ところが、1990年代から2000年代にかけて地方分権の流れの中で教育の自由度も高まってきたし、2003年からは学習指導要領も「最低基準」とされたことで、現場に自由裁量の余地が生まれた。
しかし、「教育委員会の指導主事の方々は、教育課程の原理原則について専門的に研究しているわけではないので、独自の判断が難しく、学習指導要領改訂については、伝達講習を受ける程度で対応しています。その際、管内の学校への公正で間違いのない対応を心がけるために、結果的には狭い枠内で指示しがちなのです」(水原克敏『学習指導要領は国民形成の設計書』東北大学出版会)という状態だ、というのです。
個々の学校のレベルでは、若くて意欲のある先生が法令や指導要領を読み込んで、社会科の授業で日本や世界の歴史を学ぶ途中の雑談で、たとえば国連の創設時の国際関係について生き生きと語る、といったことは以前よりも格段に可能になりつつあります。でも、教育委員会や校長が旧態依然とした上意下達の世界の思考で生きている人が多いので、そこに大きな問題があります。
――長年、現場を締め付けて硬直化させてきたのを180度転換して、急に「自由度を高めて創意工夫しろ」といってもうまくいかない。教育行政の「自業自得」という見方もありうると思います。
広田 「自業自得だ」と言って嗤っていればいいわけではないです(怒)。何十年かの間に思考停止を「正常」と考えるようになってしまったおかげで、現状のように行き詰まってしまったわけですからね。
――前に学習指導要領の話をしていただきましたが、学習指導要領の中身に問題はないですか。
有料会員の方はログインページに進み、朝日新聞デジタルのIDとパスワードでログインしてください
一部の記事は有料会員以外の方もログインせずに全文を閲覧できます。
ご利用方法はアーカイブトップでご確認ください
朝日新聞デジタルの言論サイトRe:Ron(リロン)もご覧ください