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【北大HOPSマガジン】ユーロの宴の後に(上)――なぜ統合と逆統合が同時に進むのか

遠藤乾 遠藤乾(北海道大学大学院法学研究科・公共政策大学院教授)

 ユーロの宴は終わった。7月1日、欧州サッカー選手権の表彰式では勝者に幸せな紙吹雪が舞った。その直前の6月末に集った欧州首脳は、単一通貨ユーロの下で散った紙(幣)吹雪のゆくえをめぐり、激しく対立した。結果、一応の妥協を見たが、そこに「勝者」はいない。

■いまなお引き裂かれるユーロ圏

 周知のように、6週間で2度目のギリシャの議会選挙が去る6月18日に行われ、かろうじてEUとの合意を尊重しようとする政府ができた。しかし、その脇で、5年目に入った景気後退のあいだ、14%以上も経済が縮小、5分の1の成人人口が失業し、とくに若者は半数が無職だ。この2年余りは、緊縮財政の下、年金や給料が削られる一方、税負担や医療費は一気に上昇し、抗議の自殺も相次いだ。そうした社会的惨状は、多かれ少なかれ、他の南欧諸国でも見られるものである。

拡大ブリュッセルのEU首脳会議で言葉を交わすギリシャのパプリアス大統領(左)とメルケル独首相=2012年6月28日、ロイター

 他方で、ドイツに目を移すと、まるで別世界のようだ。今年に入って鈍化しているものの、2010-11年と年率約3%の経済成長を遂げ、財政は潤い、人手は足りない。

 危機があるたびにもたらされるユーロ安は、かの輸出大国にとっては好都合ですらある。この好景気は、ドイツの人たちから見れば、自ら賃上げを抑制し、勤勉と倹約に努めたご褒美に映る。自画像のドイツは、他の欧州諸国の尊敬を勝ち得ても、非難などされようがない筋肉質なモデルなのだ。

 この南北ギャップは、ユーロが船出をしたときに想定されていたような、各国経済が収斂しゆくシナリオとかけ離れている。じっと目を凝らすと、この通貨統合への歩みとともにユーロ参加国の物価は安定し、国家累積債務も全体として漸減傾向にあり、収斂した部分もあった。しかし、ユーロが導入されてこのかた、ユーロ圏の産業競争力は南北で乖離し、国ごとの経常収支は不均衡が拡大した。ありていに言うと、ドイツの産品は売れ、南欧のものが売れないのだ。市場はこの手のひずみを見逃さない。

 経済が好調なときは、ユーロの存在が廉価な信用調達を促した。それにより、北から南へと直接投資がなされ、南では労賃が上がり、経済がバブルになったこともあり、南北間のひずみは表面化しづらかった。しかし、サブプライムローンからリーマンショックにいたるアメリカ発の危機は、そうした資金を干上がらせた。公的・民間セクターのどちらが主導したかの違いはあっても、同様にバブル状態にあったギリシャ、アイルランド、そしてとりわけスペインは、それが弾けたいま、この20年にわたり苦しんだ日本と似た道をたどるだろう。

 そして、競争力の乖離が、膨大な借金とともに、岩盤のように露わになった。元々低迷していたイタリアでは事情がやや異なるが、借金が積み上がっている一方、稼げる産業に乏しいという点では、同様である。南北は乖離したのだ。

 バブル崩壊で残された借金に魔法のような処方箋はない。いわゆる損切りをし、公的資金を投入し、その上で稼げるセクターを見つけてそこで稼ぎ、棒引きされない分は時間をかけて返却していくしかない。その際インフレを起こせないとすると、何よりも成長が求められる。そのなかで借金の比重が下がっていくのが望ましい。

 しかし現状は、ドイツ主導の緊縮財政の下でデフレが進行し、南欧の国はゼロないしマイナス成長のただ中にある。その借金は目減りどころか膨らみがちだ。このままでは、ユーロ圏は立ち行かない。いずれ、あるいは今この瞬間にも、落ち込んだ南の負の経済が、ドイツ等の中枢国へもブーメランのように跳ね返り、皮肉なことにユーロ圏全体が低成長へと収斂してしまう可能性すらある。

■すでに逆統合が始まっている――不信の交錯の中から

 ユーロの下で金利や通貨流通量が統一されたのに、競争力や経常収支などの点で域内の経済的なひずみが残存しているとき、普通の国のアナロジーで考えれば、公的な資金が黒字地帯から赤字地帯へと流れる仕組みが必要となろう。毎年2兆円以上のお金が東京をはじめとする他地域から北海道にもたらされるように、である。ドイツ国内にも、州(レンダー)間の経済的不均衡を均すメカニズムが存在する。

 しかし、ユーロ圏にはそうした統一財政が存在しないか、するとしてもきわめて希薄なものでしかない。いきおい、そのような不均衡是正のための財政同盟が政治課題になる。しかし、ドイツ政府は首を縦に振らない。

 たとえ資金が実際に投下されなくとも、信用を融通するメカニズムが必要であろう。これにはいろいろな案がある。巷でよくいわれるユーロ共同債はその代表例だが、そのほかにも銀行同盟などによって、傾いた銀行を共同で保証するのも一案である。しかしながら、これらに対しても、ドイツは極めて慎重である。

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筆者

遠藤乾

遠藤乾(えんどう・けん) 遠藤乾(北海道大学大学院法学研究科・公共政策大学院教授)

1966年生まれ。北海道大学法学部卒、オックスフォード大学政治学博士。EU委員会未来工房専門調査員、北海道大学法学部助 教授、台湾国立政治大学・パリ政治学院客員教授などを経て、2006年より北海道大学大学院法学研究科・公共政策大学院教授。専門は国際政治。主著にThe Presidency of the European Commission under Jacques Delors (Macmillan)、編著に『【原典】ヨーロッパ統合史』(名古屋大学出版会)、『グローバル・ガバナンスの歴史と思想』(有斐閣)、『EUの規制力』(日本経済評論社)など。

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