メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

小沢新党、民主党分裂という必然――小沢氏は絶頂を味わえるか?

恵村順一郎

 民主党が分裂し、近く小沢新党が旗揚げする。だが、高揚感は乏しい。

 朝日新聞の世論調査(6月28日付)では、小沢一郎氏らの新党に「期待する」という人はわずか15%にとどまり、「期待しない」という人が78%に達した。

 新党は「反消費増税」「脱原発」を2枚看板に、来る総選挙を戦うという。

 「脱原発」はともかく、消費増税についていえば、何かを「やる」という旗印ではなく、「やらない」という旗印を掲げざるをえないところに、小沢新党の限界が見える。

 政党をつくっては壊す「壊し屋」――。この20年、小沢氏が掲げてきた旗印を振り返ってみよう。

 1993年、自民党を脱党し、新生党をつくった時は「政治改革」だった。94年、野党勢力を大きくまとめて新進党をつくった時は「政権交代可能な2大政党制」だった。98年、新進党を解党してつくった自由党は「新保守主義」。そして2003年、自由党を率いて民主党と合流した時は再び「政権交代」である。

 今回、小沢氏がその民主党を壊すに至ったのは、この「政権交代」という旗印に潜む、一種の必然だったように思えてならない。

 「政権交代」とは何か。交代を迫る側からいえば、「権力奪取」の宣言にほかならない。

 09年の政権交代前夜、当時の自民党政権はあまりにもだらしなく、国民の期待を失っていた。だから「政権交代」「権力奪取」に賭ける民主党の意気込みに、大きな期待が集まったのは事実だ。

 半面、政権を交代して何を「やる」のかという政策論は厳しく問われることは少なかった。

 「政権さえとれば、財源はナンボでも出てくる」。09年総選挙のマニフェストづくりを主導した小沢氏の、あまりにも有名な言葉だ。

 小沢氏以外の民主党の議員たちにも、マニフェストの実現性について厳しく吟味しようという議論はあまりにも乏しかった。「まずは政権交代が最優先」という空気が民主党内を支配していたのは間違いない。

 私たち報道機関も「政権交代」へのうねりのなかで、マニフェストの実行可能性を十分に検証してきたとはとても言えない。そこは深く反省しなければならないことを正直に記しておきたい。

 だが、「予算の組み替えなどで16・8兆円の新規財源を生み出す」というマニフェストの柱が「果たせない約束」に過ぎないことは、民主党政権になって最初の予算編成ですぐに分かった。

 だからこそ、菅直人、野田佳彦の両政権はマニフェストを実質的に転換し、消費増税にカジを切らなければならなくなったのだ。

 小沢氏自身、鳩山政権の幹事長だったころは、ガソリン暫定税率を維持して財源を確保するという「マニフェスト撤回」を主導した。その意味で、いまのような「マニフェスト至上主義」ではなく、より現実的な政策を選択していたのだ。

 だが、小沢氏は政治資金をめぐる疑惑で幹事長を辞任し、民主党の中枢からはずれてしまう。

 その後、みずから代表選に出馬したり、「傀儡」候補を推したり、党内復権をめざすあくなき努力は続けたが、復権はかなわなかった。そんななかで、小沢氏はしだいに「マニフェスト至上主義」に凝り固まっていく。

 細川政権では7%の国民福祉税構想を推進し、福田政権のころは大連立で消費増税を、と自民党幹部と語らった小沢氏である。消費増税の必要性は身にしみて分かっているはずだ。

 そんな小沢氏がなぜ、いま消費増税を実行しようとする野田政権の足を徹底的に引っ張るのか。

 政策論では理屈が通らない。やはり権力奪取、つまり政局論にもとづく行動ということなのだろう。

 時計の針を9年前、小沢自由党と民主党の合流時に戻そう。

 「モーニング娘。に天童よしみが入ってきた、

・・・ログインして読む
(残り:約1168文字/本文:約2672文字)