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【北大HOPSマガジン】ユーロの宴の後に(下)――ユーロは「誤り」だったのか?

遠藤乾 遠藤乾(北海道大学大学院法学研究科・公共政策大学院教授)

■同時進行する規制統合

 前回述べた欧州逆統合に対して、広い意味での規制を用いた統合は逆に飛躍的に進行しているといってよい。多くのひとは、市場のせっかちな要求とスペクタクルな逆統合にばかり目が行き、この点を見逃している。実際に起きているのは、統合と逆統合の同時進行なのである。

 懐疑的な向きは、この1月に合意され、3月に締結された欧州財政条約を一瞥してみるとよい。アイルランドの国民投票で是とされ、ドイツの立法府・司法府の抵抗をくぐり抜けて2013年初頭に発効するはずのこの協定は、均衡財政を憲法的規範として謳い、各国予算が一定の枠内に収まっているかどうかをチェックする画期的なものである。国ごとに発行される国債は、EU機関が事前に報告を受ける対象となる。まるで、どこかの国の総務省が、自治体の地方債に厳格な枠をはめるかのようだ。

 国家が人の財布から税を取り、使う代わりに、その国民は民主的なコントロールを行使する。これが国家と民主政の基本型だとすると、財政のチェックを共同化することでどれだけEUがその基本から逸脱し、統合が遥か彼方まで進んでしまったのか、少しは直感できるだろう(ある日本政治史研究の大御所にこの話をしたら、椅子から飛びあがらんばかりに「そんなことまでするの?」と驚いておられた)。

 ただし、その進みゆく統合が、共通財政をつくるのではなく、各国財政を枠づけること、すなわち「規制」に重点を置いている理由をみてゆくと、ふたたびEUの遠心力も見えてくる。

 端的に言うと、それはドイツ主導・方式の統合なのである。すでにユーロ圏の危機が始まってから20兆円ほどの資金枠を提供してきたドイツは、それなしにEUやユーロ圏が立ち行かない最重要な国である。その国が、これ以上の資金・信用供与は自国の能力を超え、モラルハザードを招き、他の経済体のためにもならないと感じている。その半面、他国がドイツのように財政規律を整え、その枠内で競争力を高めるべきだとする。ここから帰結するのが、さらにお金を積むのではなく、EUの枠を使って他国を「規制」するという方式の「統合」なのでなる。

 6月末の欧州首脳理事会では、一見するとドイツが折れ、南の諸国にさらに援助を積み上げたように語られる。今回の妥協の目玉は、スペインの民間銀行に対する支援を、スペイン政府に最終責任を負わさず、すでに存在するEFSF(欧州金融安定基金)やESM(欧州安定メカニズム)という欧州資金枠を通じて共有化したことである。これにより、スペインの政府と民間の債務危機の連鎖をいったん断ち切ることになる。

 その結果、ドイツなどの「北」の諸国からすると信用供与の度合いが高まることになろうが、しかし同時に忘れてはならないのは、その前提として、欧州金融監督システムを設立し、銀行の閉鎖命令を含めた強大な規制権限をもつ欧州化が予定されていることである。これは、規制を中心とした統合がさらに前進することを示している。

 また、首脳会議で合意されたことには、真水で12兆円ほどの成長パッケージが含まれている。これは、デフレ・スパイラルのかかるドイツ主導の緊縮財政の処方箋に対し、フランソワ・オランド新仏大統領が成長戦略を主導したことによるものだ。しかし、注意深く見ると、オランド大統領は結局この成長戦略を打ち出しただけで、選挙中に力強く公約した財政条約の再交渉には成功しなかった。これにより、先に述べた財政の縛りはほぼ確実に欧州化する。

 こうして、一部の国の切り離しを図る逆統合と規制を基調とする統合とが併存する基本的構図は、しばらく続く。

■宴の後に何が残るのか

 すでに2年半が経過したユーロ圏の危機を振り返り、経済学者ポール・クルーグマンは、最近BBCのインタヴューに応え、「

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