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【北大HOPSマガジン】 震災の現場から(下)――死者を考えるということ

講師/外岡秀俊(ジャーナリスト)

司会 二つ目の問題ですが、先ほど、政府がSPEEDIのデータを出さなかったというお話がありました。おそらくこの問題には、メディアと政府との関係についても重要な問題が内包されています。つまり、どこまでを報道するのか、しないのか。いわゆる報道規制という問題があるだろうと思います。

 政府がこのデータをすぐ出さなかった背景には、大衆がパニックを起こすんじゃないかという、「エリート・パニック」があったと言われています。このように、この情報を出せば何か大きなパニックが起きるかもしれないという、ある種の忖度がおそらく政府の側にもあったし、メディアの側でもそのような忖度が作用する場合があると思います。この報道規制とエリート・パニックの問題に関連して、震災後しばらくは「大丈夫です」「安心です」という言葉が非常にたくさんメディアに出ましたが、そういった問題も含めて、メディアのあり方というのを今、どのように考えていらっしゃいますか。

外岡 たいへん難しい問題だと思いますね。SPEEDIに関して言うと、その後の国会証言で、官邸には伝わったけれど、首脳に伝わっていなかったという説明がありました。全部出しなさいと細野豪志さん(原発担当大臣)が言ったその1週間後に、「実はまだあります」ということで持ってきた、というんですね。「パニックを起こすかもしれない」というのは細野さん自身の意見ではないのですが、おそらく役人がそう考えて出さなかったんだろうと、国会で証言しています。

 それが事実だとすれば、官邸は知っていたけれども、政治家は知らなかったということになります。ただ、私は百歩譲っても、避難のときにそれを活かすことはできたと思います。公表しない、としてもです。あれを見れば、北西方向に汚染されているということははっきりわかっていたのに、その方向に逃げた人たちがたくさんいたわけですから、彼らの被爆は避けることができたはずですし、福島や郡山の人たちに、当面はできるだけ不要な外出を避けましょうなどと、何か言えたはずです。それを2カ月近く経っても隠し続けていたということ、また、それを許したということは、とても大きな過ちだったと思います。

司会 3月の震災前はずっと朝日新聞の記者でいらした外岡さんが、その後フリーになられた際に感じられた温度差というか、報道の現場に立つときの違いというのを、もう少しうかがいたいと思います。

 立ち入り規制というのが出たときに、大手のメディアの人たちが30キロ圏内からどっと引いてしまった一方、フリージャーナリストたちが規制をすり抜けて現場に入り込み、報道しました。同じような現象は戦争のときにも起こります。大手の人たちはイラク戦争のときにも現場に行かない。そうすると、フリーランスの人たちが入っていってテレビや雑誌と契約を結んでいく。リスクの問題から生まれる報道の穴を埋めるのが、結局はフリーの人たちになる。こういう大手メディアとフリーランスの関係、あるいは、記者クラブの問題にもなっていくかもしれませんが、そのあたりをどのように考えていらっしゃいますか。

外岡 最近の紛争地ではやはり、おっしゃるとおり、フリーの方が取材するという場合が多いですね。たとえばイラク戦争では、バグダッドにずっと残っていたNHKは別として、新聞社は各社とも同じ時期に撤退しています。「そんなのは談合じゃないかい」と言う人もいますが、基本的には、記者を送った場合、その記者が事件に巻き込まれたり、人質になったり、殺されたりしたときに責任がとれるのかという理由で、会社の幹部が判断をして、つい腰が引けちゃう、というのが実際のところだと思います。

 私もそういう立場に立たされて、結局、サマワという、自衛隊が派遣されたところにベテラン記者に行ってもらったことがあります。本人が志願して、アラブ語もできるし、経験豊富で、一人で行くと言ったものですから、それであれば許可をしようと、みんなで話し合って行ってもらったんです。

 そういうふうに幹部が万一の場合を考えて、あるいは責任を回避したいという自己保身からかもしれませんが、ブレーキがかかる。行くほうも、放射線の場合は若手や女性記者の場合は当然の理由から行くのをためらうと思うんです。だけど、そういう場合だって、ベテランで、もう歳をとった記者もたくさんいるわけですから、その人たちが志願して行けば、それは止めないということはできたと私は思います。そういうふうに自分たちを規制しちゃうと、結局、大手メディアは真実を伝えていないという不信感を招いてしまうんじゃないかと思います。

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