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高まる中国の愛国心――正面衝突を避けるには

藤原秀人 フリージャーナリスト

 香港の活動家らが尖閣諸島の魚釣島に上陸し、5人が出入国管理法違反(不法上陸)容疑で、7人が同法違反(不法入国)容疑でそれぞれ逮捕され、強制送還となった。すると、今度は日本の地方議員が海に飛び込んで魚釣島に上がった。中国では反日デモが全土に広がった。いやはやである。

 領土をめぐる争いは、20世紀までなら力ずくで解決するのが普通だった。21世紀の今は、戦争で領土を獲得しようという動きはまれになったが、話し合いなど平和的手段で問題が解決した例もめったにない。

拡大広東省広州で、「釣魚島を返せ」「愛国無罪」などと叫びながら行進するデモ隊=2012年8月19日

 日本が固有の領土とする尖閣諸島については、中国が領有権を主張しているが、日本政府は「領土問題は存在しない」と相手にしてこなかった。「争わない」という外交はそれなりに機能してきた。

 それは、中国当局が経済発展のため日本との安定した関係を重視し、自国民が尖閣に上陸するといった暴挙に出ることを封じ込めてきたからだ。日本政府も尖閣への立ち入りを厳しく制限して、大きな問題が起きるのを防いできた。日中双方とも平和と安定という大局に立って、意思の疎通に務めていた。

 それがあやしくなった理由のひとつとして、共産党独裁の中国で「民意」が生まれたことがあげられる。

 1996年9月26日朝、尖閣問題で日本に抗議するため周辺海域を航行していた香港の貨物船「保釣号」から5人が海に飛び込み、2人が波にのまれて重体となった。うち一人の死亡が同日午後、確認された。当時45歳だった陳毓祥さんだった。

 私は香港勤務時代に陳氏と知り合った。英国の植民地だった香港は1997年の中国返還を控えて、社会主義中国への不安と中国を愛する気持ちがともに高まっていた。陳氏は愛国心で中国と香港、そして台湾の団結を強めようという活動をしていた。過激なことはせず、セミナーや講演会を自由な社会である香港で地道に開いていた。そんな彼の思いきった行動には驚かされた。

 香港のビクトリア公園で開かれた陳氏の追悼集会には2万人が集まった。そのなかには、

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筆者

藤原秀人

藤原秀人(ふじわら・ひでひと) フリージャーナリスト

1980年、朝日新聞社入社。外報部員、香港特派員、北京特派員、論説委員などを経て、2004年から2008年まで中国総局長。その後、中国・アジア担当の編集委員、新潟総局長などを経て、2019年8月退社。2000年から1年間、ハーバード大学国際問題研究所客員研究員。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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