2012年08月29日
まず話題を呼んだのは、イスラエルの諜報機関がイランの核関連の科学者を殺害したとの記述である。
もし、こうした殺害が、あるいはイランにコンピューター・ウイルスを送り込むサイバー攻撃がイランの核開発を止めることができれば、イスラエルは軍事力を行使する必要がなくなる。つまりスパイたちの活躍によってイスラエルとイランの間の恐るべき戦争が避けられるかも知れない。タイトルの『最終戦争を防ぐスパイたち』の含意だろうか。
しかし、伝説的ともいえるイスラエルの諜報機関については、既に多くが書かれてきた。イスラエルの対外諜報機関モサドに関して、いまさら新たな本を書く価値があるだろうか。スパイ大作戦というかミッション・インポッシブルのような、イスラエルの諜報機関の活躍ぶりをほめたたえる本をまた読まされるのは、かなわないとの思いがあった。だが、話題の本なので中東研究者として職業的な義務感から読み始めた。
先入観は見事に打ち破られた。本書は、その輝かしい実績に敬意を払いつつも、これまでとは違う角度からイスラエルの諜報機関に光を当てている。
その一つは、官僚組織としての諜報機関という視点である。イスラエルには複数の諜報機関が存在する。よく知られているモサドは対外諜報を扱う。国内と占領地を担当しているのはシンベトである。そして軍は、アマンと呼ばれる組織を動かしている。そして、その他の組織も存在する。すべての官僚組織と同じく、イスラエルの諜報機関の間でも、競争があり、縄張り争いがあり、責任のなすり合いがある。
もう一つの新しい視点は、人間としてのスパイである。敵国での活動を終えて帰国し、日常の生活に戻れなくなるスパイがいる。活動資金を受け取りながら、それを流用してしまい、自分で作文した偽情報を送り続けたスパイも本書には登場する。
本書の中で最も悲劇的な例を一つ紹介しよう。
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