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膠着した拉致問題を本気で前進させよう(上)――効果なき経済制裁の見直しを

石丸次郎 石丸次郎(ジャーナリスト/アジアプレス)

 この9月で、小泉ー金正日首脳会談から丸10年になる。会談で調印された日朝平壌宣言では、植民地支配の過去を清算し、国交正常化を目指すことで合意したはずだった。だが、現在の日朝関係が最悪の状態に陥っていることは誰もが認めるところだ。拉致問題は、被害者5人とその子供たちが帰国した後、膠着したままである。

 なぜこんなことになってしまったのか? 事態を動かすためにはどうしたらよいのだろうか?

 拉致問題が前にまったく進まない、その一義的な責任は、「拉致問題は解決済み」として不誠実な態度で一貫してきた北朝鮮側にあるのは言うまでもない。それは、日本に事態を動かすためには強い圧力が必要だ、という強硬論が急速に台頭する原因になり、2006年に経済制裁が発動され、日朝間の経済関係はほぼ完全に断絶することになった。しかし、その後は、時間ばかりが過ぎて、拉致問題は一寸も前に動いていない。

 これは「経済制裁は拉致問題を動かす政策として有効でなかった」ということに他ならない。いや、経済制裁が事態を膠着させた原因であったと筆者は考えている。

 政府も、政治家も、支援者も、そして拉致被害者家族も、事態を打開するために、経済制裁とは別の方策を立てる時期に来ている。これが筆者が本稿を書こうとした問題意識である。

 そう考えた一番の理由は、拉致被害者家族の高齢化が進んでいることだ。横田めぐみさんの父・滋さんは、被害者の父親としては最年少だが、今年の11月で80歳になる。神戸の有本恵子さんの両親は86歳と84歳だ。被害者家族にとっては、一刻の猶予もない状況になってきた。これ以上の停滞は許されないのである。

 さて、まず、少し長くて恐縮なのだが、筆者の過去の拙文を読んでいただきたい。「経済制裁で拉致解決は困難」という趣旨で、04~05年に毎日新聞などいくつかのメディアに書いたものの要旨である。事態が膠着することを予測したのだが、残念ながら現在、それは現実のものとなってしまった。

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 「拉致問題は解決済み」という北朝鮮政権の不誠実な態度に対する被害者家族のいら立ちと怒りは察するに余りある。家族・支援者から「さらなる圧力をかけるべき」との意見が出され、経済制裁を発動すべしという論議がにわかに始まった。

 しかし、拉致問題解決に経済制裁は本当に有効なのか。政治家やメディアからも一層の圧力を求める声が高まっているが、緻密な分析や議論もなく「感情」と「勢い」に流され、外交も言論も浮遊していると思えてならない。「経済制裁という圧力をかければ、北は折れてくるはず」という主張は、貿易統計を見ても根拠が薄い。

 03年度の対北朝鮮貿易実績は、韓国、中国の2国で約7割を占めるが、日本は送金を含め1割強にしかならない。

 「日本が経済制裁をすれば金正日政権は崩壊する」という荒唐無稽なことを平然と語る政治家がいるが、そのような主張は幻想か扇動というほかない。

 経済制裁を発動しても、北朝鮮は「痛い」と感じても、回避に奔走するほどのダメージはないのが現実だ。

 北朝鮮への影響力が強い韓国、中国に制裁への同調を呼びかけても、対北朝鮮政策の優先順位が異なるため、拉致問題だけで同調する可能性はゼロと言っていい。

 日本には金正日政権に外交方針を変更させる即効性のある外交的、経済的パワーはない。それが現実なのだ。

 それでも万が一、経済制裁を発動した場合、北朝鮮は制裁の解除を2国間協議開催の条件としてくることが予想される。日本が拳を振り上げている間は次の協議に応じないだろうし、日本は拳を引っ込めるための名分が必要になる。膠着状態が一層長引く可能性が高い。

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 北朝鮮に対する経済制裁は、06年10月、発足したばかりの安倍晋三内閣によって発動された。北朝鮮のミサイル・核実験に対して国際社会と連携してのこととはいえ、制裁は日本独自のものだった。しかも、安倍首相は、あえて「拉致解決への圧力も発動の理由の一つだ」と公言して憚らなかったのである。

 安倍首相の行動は日本国民の圧倒的な支持を得た。数年前から北朝鮮の無頼と不誠実に対して、多くの人が憤りを感じていたからだ。

 「日本国民として怒らないと」

 「もっと圧力を。ガツンとかませ」

 「なめられてはだめだ」

 「やられたらやりかえせ」

 このような主張が、飲み屋でも風呂屋でも普通の市民の口から当たり前に語られていた。

 当時の日本社会を覆っていたのは、北朝鮮に対する「報復」「懲罰」感情であった。安倍首相は、そのような「国民感情」を背景にして経済制裁発動に踏み切った。そして多くの人は、確かに溜飲を下げたのである。

 だが、感情で政策が決まっていくのは怖い。感情は移ろいうるものである一方、一度採った政策は変更や後戻りが簡単ではないからだ。拳を振り上げて見せた安倍首相は、やんやの喝采を浴びた。一方の北朝鮮は、経済制裁の解除が協議再開の条件だと主張した。

 ミサイル・核実験に対する国連決議に基づく制裁は、国際社会(国連安保理)が共同で決めた、北朝鮮の約束破りに対するペナルティであるから、それは国際社会と協調して、進展があれば緩和していける道があるはずだ。

 だが日本は、前述したように、核問題に拉致問題をミックスさせて、独自に「拳を振り上げ」てしまった。そのため、拉致問題で北朝鮮側が折れない限り、経済制裁を緩和することができなくなった。振り上げた拳を下ろす名分を、自分で作れなくなってしまったのである。これでは、自ら外交の手足を縛ってしまったのも同様である。

 その後、経済制裁は年々強化されていくことになる。事態が進展しない→さらなる圧力をとの強硬論が強まる→制裁強化。この繰り返しが続いた。

 筆者は、北朝鮮に住む親族に衣類や薬を届けたい在日朝鮮人の手伝いをして、ちょくちょく北朝鮮に郵便小包みを送っているが、この数年は、日本の税関での検査に引っかかることがしばしばだ。5000円相当の腕時計が「ぜいたく品」として不可とされたことがあった。本もだめだと返送されてきた。

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筆者

石丸次郎

石丸次郎(いしまる・じろう) 石丸次郎(ジャーナリスト/アジアプレス)

1962年、大阪出身。1993年に朝中国境1400キロを踏破。北朝鮮取材は国内に3回、朝中国境地帯にはおよそ75回。これまで750人を超える北朝鮮の人々を取材。2002年より北朝鮮内部にジャーナリストを育成する活動を開始し、北朝鮮内部の情報誌「リムジンガン」を創刊、現在5号を発行。主著に『北朝鮮難民』(講談社現代新書)など。TV報告に『北朝鮮に帰ったジュナ』(2010、NHKハイビジョン特集)など。

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