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「金正日の料理人」が平壌入りを拒まれた理由

小北清人 朝日新聞湘南支局長

 トレードマークの濃いサングラス、頭を覆う布はありません。マスコミに素顔をさらした様子が、憔悴ぶりを物語っているようです。

 9月15日土曜日、午後の羽田空港。北京発の便で到着した中に、「金正日の料理人」こと藤本健二氏(65)の姿がありました。8日前から北京に滞在、北朝鮮入国のビザ発給を待った藤本氏でしたが、北朝鮮当局はビザを発給せず、彼は日本への帰国予定を金曜から一日延ばし(北京発平壌行きの便は金曜にはなく、土曜にあります)、粘ったものの、ついに諦め、日本に戻ってきたのでした。

 藤本氏といえば、11年前に身の危険を感じて北朝鮮を脱出するまで、金正日(キム・ジョンイル)総書記の専属料理人をしていた人です。帰国後、「平壌の奥の院」を暴露する本を相次いで出版、大きな反響を呼びました。北朝鮮関係で時折テレビのコメンテーターもしています。

 その彼が今年6月に北のエージェントである旧知の在日朝鮮人に声をかけられ、迷った末に平壌行きを決意、7月21日から2週間北朝鮮に滞在し、22日には北の若き最高指導者・金正恩(キム・ジョンウン)氏の開いたパーティーに招かれたというのは、確かに、驚くべきことでした。

 平壌から戻り、8月下旬からТBSの昼のワイドショーに3日連続出演したのをはじめ、朝のワイドショー、週末の娯楽番組などTBS系に続けざまに出演。例の、金正恩氏と抱き合った写真など8枚の写真を公開し、「裏切り者の自分を寛大にも許してくれた素晴らしい指導者」と正恩氏を賛美しまくります。

 週明けの「週刊現代」にも「世界的スクープ」と銘打ち、彼の「正恩氏と会った」話が長文の記事で掲載されました。

 藤本氏は、

 「自分は取材(謝礼を受け取ること)で生計を立てている。だから(カネにならない)記者会見のようなことはしたくない」

 と公言しています。インタビュー謝礼やテレビ出演が収入源。7~8月の訪朝も、事前にТBS側と独占出演が約束されており、数百万円が支払われたといいます。9月7日、再び平壌に入るべく北京入りしたときも、Fテレビ側からほぼ同額が約束されていたと業界では言われています。

 9月7日の出発前、彼は周囲に「今回は長くなるかもしれない」と漏らしており、前回の訪朝で約束されたという平壌での飲食店経営の件や、平壌に残している妻子(妻はすい臓がんだそうです)のことなど、個人的に気がかりなことを再訪朝時に解決しようとも考えていたようです。

 ところが、ついに北朝鮮当局からビザがもらえないまま、日本に引き返すことになってしまったのでした。

 前回の訪朝時、金正恩氏に「いつでもまた来てほしい。歓迎する」と太鼓判を押してもらったと語っていた藤本氏。彼としては、当てが外れたとしか言いようのない結果になってしまいました。

 なぜこういうことになったのか。

 7~8月に彼が平壌を訪れた時に何があったのか、正恩氏のパーティーでどんな話をしたのかは、藤本氏の言葉を通してしかわかりません。パーティーの大半は「ひどく酔ってしまってよく覚えていない」と彼は言っています。ですから今回、彼が拒まれた理由について「これだ」と断定するのは困難です。

拡大藤本健二氏

 そもそも、北朝鮮はなぜ藤本氏を、平壌に呼ぼうとしたのでしょうか?

 彼の訪朝については、

 「北は彼を新体制宣伝の広告塔として使うつもりで呼んだのだ。日本の世論を揺さぶり、対日メッセンジャーに使うつもりなのだ」

 と一部の専門家に指摘されてきました。果たして、そうだったのでしょうか? ・・・ログインして読む
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筆者

小北清人

小北清人(こきた・きよひと) 朝日新聞湘南支局長

朝日新聞入社後、大阪社会部、AERA編集部などを経て現在、朝日新聞湘南支局長。92~93年、韓国に語学留学。97年、韓国統一省傘下の研究機関で客員研究員。朝鮮半島での取材歴多数。

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