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【北大HOPSマガジン】 安倍晋三新総裁は諸刃の剣だ

鈴木一人 鈴木一人(北海道大学公共政策大学院教授)

 9月26日に安倍晋三氏が自民党総裁に選出された。1990年代からの「失われた20年」の中で異例ともいえる長期政権と高い支持率を実現した小泉内閣の後を受けて、高い期待を寄せられていた安倍氏が、参院選の大敗と病気によって1年で政権を放り出し、その後の自民党政権の混迷と政権交代をもたらしたことは記憶に新しい。

 にもかかわらず、総裁選では第1回投票で石破氏に後れを取りながらも決選投票で逆転し、再び自民党総裁となったのはなぜか。そして最大野党のリーダーとして、彼はどのような役割と課題を背負うことになるのだろうか。少し考えてみたい。

■自民党は何を期待したのか

 新聞報道を見る限り、今回の総裁選は地方票で優位に立っていた石破茂氏が第1回投票で1位となりつつも議員票を集めきれず、過半数を超えなかったために議員のみによる決選投票となり、3位以下の議員票の多くが安倍氏に集まったことで逆転勝利を得た構図であった。

 ここから見えてくることは、石破氏が過去の離党経験や脱派閥路線などを嫌悪する自民党議員の支持を得られず、安倍氏が消去法的に議員票を集めた結果であった、ということである。つまり、安倍氏に対する期待は必ずしも大きくなく、彼の掲げるビジョンや理念が積極的に評価されたとは言えない。

 とはいえ、総裁に選ばれた以上、自民党は安倍氏をリーダーとして結束していくしかないであろう。政権を失ってから3年が経ち、谷垣総裁時代には民主党政権を解散総選挙に追い込むことが出来ず、2009年の選挙で落選した議員の不満がたまり、野党になったことで様々なネットワークを失ったままの自民党は、「近いうち」に行われる総選挙で過半数は取れないまでも、何とかして第一党の座を手にし、与党に返り咲くことが全ての自民党員の共通した願望であり利益だからである。

 今回の総裁選で安倍氏に投票した多くの議員も(石破氏よりも)「選挙の顔になる」ことを期待したに違いない。総裁選直後に石破氏を幹事長に抜擢し、地方組織との関係を重視する姿勢を見せたのも、安倍氏がその役割を理解している一つの証左であろう。

■諸刃の剣

 安倍氏が「選挙の顔」として期待されるのは、何にも増して日本を取り巻く国際情勢の変化に伴い、国民の間に様々な不満と不安が生まれていることが背景にあると考えられる。言うまでもなく、安倍氏は対外政策、とりわけ北朝鮮に対する強硬姿勢で知られており、「タカ派」と言える人物である。

 中国や韓国の報道のみならず、アメリカやヨーロッパでも安倍新総裁の選出によって、日本はより右傾化すると論じられており、総選挙の結果、第二次安倍政権が誕生することになれば、今以上に日中、日韓の関係がぎくしゃくすることも考えられる。

 しかし、他方で現在の民主党政権が2010年の尖閣諸島における漁船衝突事件の取り扱いに手間取り、それ以降も日中関係で後手に回った外交を展開しただけでなく、韓国の李明博大統領の竹島上陸やロシアのメドベージェフ大統領(首相になってからも)の北方領土上陸など、領土問題では極めて手際の悪い外交を重ねている。

 また、普天間問題で国民の期待を裏切るだけでなく、日米関係を不安定なものにし、それがオスプレイ配備問題などで、さらに国民の期待を裏切り、米国との関係を複雑にしている。

 自民党議員の多くは、このような民主党政権が作りだした外交関係の混乱を収め、悪化した日米関係を修繕し、中国、韓国、ロシアに対する領土の主張を明確にすることを期待して、安倍氏を新総裁に選び、「選挙の顔」として国民の不満を掬(すく)いあげることを求めていると考えられる。それは、日中、日韓関係がよりぎくしゃくするというリスクを背負いながらも、自民党が政権に返り咲くためには取るべき必要のあるリスクとみていると思われる。

 ただし、本当に安倍氏が北朝鮮との交渉で見せたような「タカ派」の姿勢を中韓両国に対して見せるのだろうか。

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