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【北大HOPSマガジン】 「分断疲れ」のアメリカ――共和党が敗北した理由とは

鈴木一人 鈴木一人(北海道大学公共政策大学院教授)

 激戦と言われたアメリカ大統領選挙も、終わってみれば(現時点でフロリダの集計が終わっていないため、まだ正確には終わっていないが)、オバマが選挙人303人、ロムニーが206人(フロリダの29人を除く)でオバマが圧勝し、一般投票でもオバマが50%、ロムニーが48%と300万票近くの差をつけて勝利した。選挙前の世論調査では「大接戦」「激戦」という言葉が躍っていただけに、やや拍子抜けする結果だったのかもしれない。

■オバマの選挙戦術

 確かに、第1回大統領候補討論会ではオバマが精彩を欠いており、ロムニーが勢いをつけ、流れを引き寄せたことで、オバマ有利と見られていた選挙が拮抗する関係になっていた。しかし、第2回、第3回討論会ではオバマが盛り返し、また選挙直前のハリケーン・サンディへの対処が迅速かつ適切なものであったことでオバマの評価が直前に高まったということもオバマ勝利の要因として挙げられるだろう。

 しかし、こうした選挙戦の流れや勢いとは別に、オバマの選挙戦術がロムニーのそれを上回っていたことが、今回の選挙の勝利につながったと考えている。

 オバマの選挙戦術は、一言でいえば「ドブ板選挙」である。2008年選挙ほどではないにせよ、大量のボランティアを動員し、戸別訪問と電話勧誘を繰り返し、しかも、やみくもに声をかけるのではなく、民主党の支持層に近い有権者のデータに基づく、緻密なマーケティングをおこなって、効率よく支持層を固めていった。

 これらの人々はしばしば投票に行かず、有権者登録すらしないことも多いため(アメリカは有権者であっても登録しなければ投票できない)、民主党は組織的に登録をするための手続きを手伝い、投票日にはバスを出して投票所まで送り迎えをするという戦術を取っていた。

再選が決まり、妻のミシェルさんらとともに、笑顔をみせるオバマ大統領=2012年11月8日、イリノイ州シカゴ

 もちろん、共和党も類似した手法は取っているが、しかし、それを徹底的に完遂したのは民主党であった。共和党は資金集めのためのピラミッド型の組織を持ち、末端の組織もリーダーの力量次第で組織の働きに大きな差が出ていた。また共和党の支持者層が都市部よりは地方に多く、そのため、民主党のような緻密な人的ネットワークを築くことも難しかったのかもしれない。

 こうした両陣営の選挙戦術の違いは2008年の選挙でも見られたことであり、オバマ陣営の小規模ネットワーク化された組織とロムニー陣営のピラミッド型組織の戦いの中で、ピラミッド型が敗れたことを意味しており、ジョージ・W・ブッシュ政権を勝利に導いた選挙参謀であるカール・ローブが生み出した選挙戦術が機能しなくなったとも言えるだろう。

■新しいアメリカの姿

 今回の選挙に限らず、アメリカの大統領選挙は激戦州を取りあう選挙である。そして激戦州ないしはSwing Stateと呼ばれるどちらの党にも固定されていない州のうち、いくつかの州で大きな変化が起きている。

 それはヒスパニック系の有権者の増大である。特に激戦州のうちネバダ州、ニューメキシコ州ではヒスパニック系の人口が急増しており、同じく激戦州であるコロラド州でも増えており、元々亡命キューバ人(伝統的に保守的で共和党支持)が多いフロリダ州でも、プエルトリコなどからの移民が増え、民主党支持層のヒスパニック票が増えている。

 このような人口動態の変化に対し、オバマ大統領は有効な政策を十分に出せなかった。議会との対立の関係もあるが、移民子弟の教育や公共サービスの緩和を目指すDREAM(Development, Relief, and Education for Alien Minors)法は成立させたが、移民政策の抜本的改革までには至らなかった。しかも、リーマンショック後の景気悪化で大きな打撃を受け、貧困生活を強いられる人も多い中、必ずしもヒスパニック系はオバマ支持と言うわけではなかった。

 しかし、この移民問題に対して、ロムニー陣営は有効な政策を提案するどころか、共和党保守派やティーパーティ運動などに振り回される形で、移民に厳しい政策を提案したり撤回したりするなど、腰の座らない状況でヒスパニック系からの信頼を全く得ることが出来なかった。

 ジョージ・W・ブッシュは選挙戦でも片言のスペイン語を話し、弟のジェブ・ブッシュがフロリダ州知事を務めていたこともあって、ヒスパニック系からの支持は強く、共和党を支持する集団もいるのだが、ロムニー陣営はそうした人口動態の変化に対応した選挙戦略を取ることが出来なかった。

 ヒスパニック系は移民の流入も含め、アメリカの人口増を支えるエスニック・グループであり、今後も有権者の中での割合は増える一方と見られている。共和党がイデオロギーに絡めとられ、移民政策を含むヒスパニック系向けの政策を組み立てることが出来なければ、将来にわたって共和党が大統領選挙に勝つことは難しくなるだろう。

■共和党が学ぶべき教訓

 2000年以降の大統領選挙では価値の問題、すなわち同性婚や人工妊娠中絶の問題などに関する宗教的保守/リベラルの対立や、財政問題における小さな政府/大きな政府の対立、そして移民問題や雇用問題などに関する社会経済的保守/国際派といった対立軸が明示的に選挙の争点を構成し、民主党と共和党のコントラストがはっきりした選挙であった。

 ジョージ・W・ブッシュとその選挙参謀であったカール・ローブは積極的に対立軸を明確にしてアメリカを「分断」して支持層を固める戦略を取り、2008年のマケイン陣営も副大統領にサラ・ペイリンを指名することで、宗教、財政、社会経済問題についての保守派を満足させる戦略を取った。

 その結果として、共和党は保守派、民主党はそれに対抗するリベラル派が優勢となり、穏健派保守や穏健リベラルといった中道派の勢力が弱くなってしまった。それは大統領選の結果以上に議会の構成にかかわる問題となっていった。

 極端な政策を掲げる議員が増えたことで議会の対立が激しくなり、さらに2010年の中間選挙で共和党が下院の多数を占めたことで、アメリカ式の「ねじれ現象」が起き、予算や法案など、様々な点で「決められない政治」が続くことになった。それが現在も問題になっている「財政の崖(Fiscal Cliff)」の問題である。

 「財政の崖」とは2012年末に大型減税策(いわゆる「ブッシュ減税」)が失効することで、財政のバランスが崩れ、それが債務上限(議会が定めたアメリカの借金の上限)に抵触し、強制的に財政再建策が発動される状態を指す。つまり増税と極端な歳出削減が同時にやってくることでアメリカ経済、ひいては世界経済に大きなダメージを与えるものとみられている。

 今回の選挙でも結果として上院では民主党が多数を確保したが、下院では共和党が多数となったことで、「ねじれ現象」は解消されず、「決められない政治」は続くとの見方が強い。

 しかし、今回の上院選を見ていると、アメリカは

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