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ハーバード流交渉学の最前線 ―理性だけでなく、感情をも動員する交渉術とは―

まとめ WEBRONZA編集長 矢田義一

 ハーバード大学で国際交渉プログラムディレクターを務めるダニエル・L・シャピロ氏が10月下旬に来日。同大学や丸の内で、学生やビジネスパーソンを対象に、交渉学の最前線についてのセミナーを開いた。旧知の仲で、やはり交渉学が専門である慶応大学法学部教授の田村次朗氏のコーディネーターを務めた。理性を超え、感情をも使う交渉の実際とは。そして、その神髄とは何か――。二人がセミナーの合間に語り合った対談の模様をお届けする。

ダニエル・L・シャピロ ハーバード大学準教授×田村次朗 慶應大学教授 対談

ダニエル・L・シャピロ ハーバード大学準教授(左)と田村次朗 慶應大学教授

(2012年10月22日、東京・丸の内 慶應丸の内シティキャンパス)

田村 日本は現在、中国とは尖閣諸島、韓国とは竹島の領有権をめぐり、それどれの国との外交関係が緊張している。あなたはこの問題の専門家ではないが、交渉学の専門家として、日中、日韓がどのような交渉をすれば、友好的な解決への道筋が見えると思うか。有効な方策があれば考えをうかがえれば、ありがたい。

シャピロ 領土問題はどうしても感情的なイシューになりがちだ。日本でも、中国でも、韓国でもそうだが、まず大切なのは、それぞれの国民が十分な情報を得ることだ。アメリカで新聞を読むなどしてこれまでの経緯を見ていると、どんどん感情的な問題になってきているようで、心配している。こうしたことを放置すれば、危険なことになりかねない。感情面にとらわれた問題は、往々にしてエスカレートしやすいものだからだ。

田村 それでは、私たち日本人はどう対応するべきだろうか。韓国は竹島を自国領だと主張し、実効支配している。この夏には大統領が上陸し、その事実をアピールした。日本は国際司法の場で解決しようと言っているが、韓国はそれを拒否している。一方、尖閣諸島をめぐる中国との問題はより深刻だ。中国の漁船が繰り返し近づき、さらに艦船が姿を見せるなど、軍事力を誇示している。尖閣諸島の問題だけでなく、その後の中国での暴動に対する日本政府の対応も一貫した方針が見られない。政府はどう解決するのか、その道筋を模索している。あなたはどう考えるか。

シャピロ どんな紛争にも2、3の主要な部分がある。特にこのように政治的な紛争の場合はそうだ。

シャピロ氏

 第一は、サブスタンス、本質を理解することだ。両政府は何のために対立し、争い紛糾を招いているのか。島の領有権、主権というが、本当の利害は何か。双方がそう主張しているが、本当のところは何かを正確に理解する必要がある。

 なぜ、この島をめぐる対立が双方にとって重要なのか。何がそうさせているのか。もちろん主権はひとつの可能性だが、これはもっと複雑なイシューだ。それぞれの国において内政的な利害関係にも結びついている。それぞれの国はそれぞれの国内の政治事情に制約されており、そうした文脈のなかで、国内向けの主張、説明をしている面があることは見逃してはならない。にこの問題をめぐる言い方、主張を国内向けにはしている。

 第二は、経済的な利害をめぐるものだ。問題の島やある領海、東シナ海には、石油やガスなどの天然資源がある。これらから得られる利益は重要だ。もちろん、漁業権の問題もからんでいる。

 第三は国際的な側面だ。中国と日本は双方とも国際的なプレスティージをさらに高めようとしている。中国は今や世界のスーパーパワーと認識されるにいたっている。中国と日本は世界第二、第三の経済大国だ。国際的な関心は高まるのは当然の流れだ。

 こうしたすべての複雑な利害の可能性が島の領有権問題にはからんでいる。それらを解きほぐし、双方にとっての本当の関心、利害は何か、ということをまず明らかにすることから始めるべきだろう。

 そして、たぶん、より重要なのは、これらのことを解き明かしていくプロセスだ。どのように、どんなプロセス、手法で、この日本と中国の間の対立、違いを扱うのか、ということだ。

 私はこれまで、この問題について報じられることをアメリカから見ているだけだったが、紛争は双方の政治的エリートによって引き起こされ、公的なコメント、メディアへのコメントが出されることで、どんどんエスカレートしているように見える。政治的な指導者たちの振る舞いが、実際際には緊張を高めているし、双方がコンセンサスへ至ろうというインセンティブを損ない、その可能性を低めている。これは危険だ。

 こうした対立は、文化や価値感が関係したり、恐怖とか恥ずかしさとかといった感情が支配的になったりすると、庶民感覚で容易にエスカレートするようになり、思いのほか早く現実の武力衝突などになりかねない。注意が必要だ。外から見ていると恐ろしくなる。

田村 我々はいま、建設的な対話をしなければならない。どちらの側の面目をつぶすようなことがあってはならない。プロセスがより重要だと言うが、もっと噛み砕いて説明してもらいたい。

シャピロ それぞれの国はそれぞれ違う歴史上の経験をもっている。豊かで多様な歴史をそれぞれの国はもっているものだが、一方で、他国との関係、外交、とりわけ領土問題などでは、その多様性への理解が必ずしも十分でないことから、すぐに、「私たちは正しい」「彼らは間違っている」といった単純化された物語に回収されてしまいがちだ。これを放置しておいては紛争になりかねない。

 双方が単純化された物語を卒業し、冷静に実務的にそうした対立関係、紛争を同処理するかというプロセスにこそ注目する必要があるはずだ。まずは、非常に、実際的、実務的に話せば、どうその紛争を処理するか。これを考えること。どんなプロセスで、処理するためプレセスを決めることだ。

 私からみると、今の政治家のやり方は、やっていることは間違っている。より紛争が激しくなり、そうした流れがさらに加速しかねない方向だ。双方ともが自分たちの正当性を主張しているだけだからだ。

 対中国、対韓国とも同様だが、オルタナティブアプローチとしては、相手国と日本で、それぞれ社会的に影響力をもっている人たちの小さなグループをつくって、このグループ同士が非公式に、どうこの紛争を解決できるかを話し合うことだ。

 今後のシナリオを考えると、可能性の第一は、双方が一方的な主張を押しつけ合うことに終始して、軍事的な衝突にいたることだ。これはだれも願っていることとは思えない。ならば、この紛争を処理するしかない。これが現実的な判断だ。

 ということは、第二の可能性としては、日中、あるいは日韓双方が交渉をするということだ。その際、まずは、そのような私的、あるいは非公式の交渉のチームを編成することだ。これがまず、交渉への第一歩だ。そして、非公式の影響力のある人間のチームを組織したら、双方が受け入れられるような創造的な解決法について実際に議論をすることだ。

 これら二つではない第三の道は、国際司法裁判所など、国際的な調停にこの問題の解決を委ねることだろう。国際的な第三者機関に仲裁に入ってもらうようなことも考えられるかもしれない。

 繰り返すが、私の見立てでは、軍事的な衝突は双方にとって最も恩恵が少ない。双方の国民が命を落とすような事態に立ち至ってはならない。これはしっかりと確認しておきたい点だ。

 国民は一般に、この種の領土問題をゼロサムの視点で見がちだが、私はそのように考えるべきではないと思っている。双方にとってのベネフィットをクリエイトする思考をするべきだ。双方が歩み寄って知恵を出し合えば、驚くべき結果が得られるだろう。紛争がエスカレートしていって軍事的衝突で死者を出すようなことより、何千倍もいいことだろう。そんなことをすれば、経済は低迷し、国際的な信用も失墜する。いいことは何もない。

 日本と中国はすでに、ジョイントビジネスを立ち上げで実施している実績があるではないか。漁業にしても、天然資源にしても、両国が共同で協力しながら、利益を最大化していける方策がないはずがない。ともに調査、探査をして、その成果を実際のビジネスに結びつけていくのだ。そうしたシステマティックなアプローチを模索するべきだ。

 自分たちが正しい、彼らは間違っているという物語にひたるのではなく、「ちょっと待て、一緒にやろう、協力しよう、そうすれば、双方にとっての莫大な利益が創造できる」。そんな考え方をして、具体的なアプローチを考える時だろう。

田村 ある種の非公式のリーダー会議を設置して、話し合いをする。それをやった後どうするのか。

シャピロ まず、実務的には、双方からそれぞれ8~10人が、第三国に集まる。そして対話をする。そこで双方が互いの真意を理解する。その上で、一緒にクリエイティブなオプションを探すのだ。

 たとえば、米国では依然、二つの航空会社が、それぞれの類似したキャッチコピーをめぐって対立した時、裁判に訴えるかわりに、トップ同士が腕相撲で勝負をつけた例がある。ひとたび裁判になれば莫大な訴訟費用と時間がかかるが、トップ同士の腕相撲というアイデアには、マスメディアが関心をよせ、テレビや新聞が大きく報道し、双方にとって絶好のPRになった。

 島の領有権はどちらにとっても極めて重要だ。多くの歴史的経緯を背負っている。また、多くの利益が絡み合っている。国のレベルにおける、領土問題とは同列には論じられないかもしれないが、この航空会社のストーリーを紹介したのは、どちらの側も勝者となるアイデアを作り出すことが大切だと思うからだ。そうしないとどちらの側も敗者になってしまう。

田村氏

田村 とても面白い話だ。双方が勝者になれるいろいろなソリューションを見つけることが大切だということだ。正面切っての紛争や裁判ということではなく、いろいろな解決の可能性をさぐる交渉が重要だということだろう。しかし、国境や島の領有権の問題では、ビジネスのように、そういう建設的な議論ができるだろうか。そして、それを政策に反映させられるだろうか。

シャピロ 日本でも中国でも、オーソリティー(権力者)は、政治的に強い力をもっているものだ。しかし同時に、その力、権力性が邪魔になる場合もある。政治的な責任を担う人たちは、自由なブレーンストーミングをしたり、アイデアを共有したりすることはできない。まして、国境を超え、立場を超えて、となると難しい。

田村 いいポイントだと思う。日本でも、オーソリティーのあり方はとても重要だからだ。彼らはクリエイティブなディスカッションができない。非常に狭い範囲の限られた議論しかできていないように思う。

シャピロ 交渉には二つの要素がある。それを分けて理解することが大切ではないか。

 一つは、どちらにも利益になるような良いアイデア、解決策を創造することだ。

 二つ目は、どんなアイデアを選択し、それをいかに実行するかだ。

 だから、アイデアの創造は、

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