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戦後初の「極右党首」登場――「日本維新の会」と石原新党の合併が意味するもの

小林正弥

小林正弥 千葉大学大学院社会科学研究院教授(政治学)

■石原新代表とかけて何と解く?――核武装論を唱える「極右党首」か?

 石原東京都知事の辞任(10月25日)と新党結成が、第3極連携の焦点になる動きとしてメディアの大きな話題になった。

 「たちあがれ日本」の5人の国会議員が合流して「太陽の党」という新党ができて、石原氏は共同代表になった(11月13日)。さらに石原氏はすぐに「減税日本」(河村たかし代表)と合併することを発表し(15日)、翌日にそれを撤回した。そして僅か3日で「太陽の党」を解党して「日本維新の会」に合流することを決め、石原氏は「日本維新の会」の新代表になったのである(11月17日)。

 こうして、石原氏はまさに総選挙における第3極の焦点となった。メディアも、この党が第3極の中心となるという予想を伝え、石原氏自身は新代表となった会見で「第3極じゃ困る、第2極にならないと」と語った。

拡大石原慎太郎氏

 筆者は、消費税法案成立時における二大政党の政策接近を民主主義や政党政治の危機として批判し、小沢新党(国民の生活が第一)の結成をめぐって、第3極形成の可能性を論じた(WEBRONZA「民主党分裂と原発問題(下)――小沢新党は二大政党への挑戦者となりうるか?」)。

 それでは、石原新党や石原新代表は第3極形成という可能性を促進し、民主主義の機能を回復するために寄与するものなのだろうか? 石原新党が結成され(「太陽の党」)、さらに「維新の会」と合併したのは、民主主義の危機を減らしたのだろうか?

 多くの人びとが、「日本維新の会」と石原新党とが政策の不一致を棚上げして合流したことを指摘し、他の政党からの「野合」という批判を伝えている。これはその通りだが、その他に重要な論点がある。代表の座を譲った橋下氏は「石原総理を見たい。そのため議席獲得を頑張る」(18日)と語っており、「日本維新の会」は石原総理を目指していることになる。しかし、そもそも石原氏は本当にそれにふさわしい政治家だろうか?

 まずは、現在の政局を離れて、石原氏個人の政治的見解を注視してみよう。石原氏は、海外メディアではしばしば国家主義的な「極右政治家」として報じられている。国内ではあまりこのような表現は使われないものの、石原氏の政治的主張にはこのような側面が含まれていると言わざるを得ない。それを近著『平和の毒、日本よ』(産経新聞出版、2012年)などから改めて確認してみよう。

 石原氏は、戦後日本の「我欲」「性欲、金銭欲、物欲、そして保身欲」「金銭フェティシズム」を慨嘆し、環境問題などを憂えて、このままでは「地球は滅びるだろう」という。ここまでは筆者も同感だ。

 しかし、ここから先は全く賛成できない。石原氏は、「国家再生」を唱え、「愚かなる外務省」をはじめとする省庁を批判し、「シナ」などとの紛争時にアメリカが日本を本当に守ってくれるのかという疑問を提起して、「国力はとどのつまり軍事力、それも核の保有非保有による格差」として、「『平和の毒』に飼い慣らされた」国民を危惧しつつ「日本の核保有」を議論するように主張するのである。

 だから、「人間だけが持つ英知の所産である原子力の活用を一度の事故で否定するのは、「実はひ弱なセンチメントに駆られた野蛮な行為」なのであり、石原氏は脱原発に反対する。原発がなくなれば短期間で核兵器を製造することは困難になるから、石原氏が脱原発に反対するのは、理の当然である。

 つまり、石原氏は、国家主義であると同時に、原発維持派であり、さらに核武装論者である。現に、石原都知事は「日本は核(兵器)を持たなきゃだめですよ。持たない限り一人前には絶対扱われない」「日本が生きていく道は軍事政権を作ること。そうでなければどこかの属国になる。徴兵制もやったらいい」という発言をした(2011年6月20日)という。

 また、「日本は強力な軍事国家にならなかったら絶対に存在感を失う」とし、「プルトニウムは山ほどある」として核武装の模擬実験をすることを主張している(2011年8月5日)。そして、2012年1月には「新党に参加するなら、核装備のシミュレーションを提唱することが条件、昔から日本は核装備すべきだと思っている。それができないなら、スーパーコンピューターで核のシミュレーションだけでもやればいい」として、今年2月に報じられた石原新党の政策原案には軍隊保有や核兵器のシミュレーションなどが含まれている。

 広島・長崎の被爆以来、核廃絶を願ってきた多くの日本人の悲願に対し、核武装の主張が全く相反するものであることは言うまでもない。かつて盛田昭夫氏との共著『NOと言える日本――新日米関係の方策』(光文社、1989年)を刊行して話題になったように、そして今でも外務省のアメリカ追随を批判しているように、この主張は親米ではなく反米的であり、核武装は反米右翼の主張である。これは、戦後の自民党が推進してきた親米的な保守主義とは異質のものである。

 アメリカ政府は、そして世界中の国々のほとんども日本が核武装をすることに反対するだろう。もし日本が強引に核武装に踏み切れば、核拡散防止体制を脅かす存在として、北朝鮮やイランなどのように経済制裁の対象になってもおかしくはない。イラクのフセイン政権は、大量破壊兵器≒核兵器の開発という(結果的には誤った)疑いによって、攻撃され転覆されたのである。

 このような危険をもたらす政策を主張する政治家は、果たして理性的と言えるだろうか?

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筆者

小林正弥

小林正弥(こばやし・まさや) 千葉大学大学院社会科学研究院教授(政治学)

1963年生まれ。東京大学法学部卒業。2006年より千葉大学大学院人文社会科学研究科教授。千葉大学公共研究センター共同代表(公共哲学センター長、地球環境福祉研究センター長)。専門は、政治哲学、公共哲学、比較政治。マイケル・サンデル教授と交流が深く、「ハーバード白熱教室」では解説も務める。著書に『対話型講義 原発と正義』(光文社新書)、『日本版白熱教室 サンデルにならって正義を考えよう(文春新書)、『サンデル教授の対話術』(サンデル氏と共著、NHK出版)、『サンデルの政治哲学 〈正義〉とは何か』(平凡社新書)、『友愛革命は可能か――公共哲学から考える』(平凡社新書)、『人生も仕事も変える「対話力」――日本人に闘うディベートはいらない』(講談社+α新書)、『神社と政治』(角川新書)など多数。共訳書に『ハーバード白熱教室講義録+東大特別授業』(ハヤカワ文庫)など。

 

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