戦後初の「極右党首」登場――「日本維新の会」と石原新党の合併が意味するもの
小林正弥
小林正弥 千葉大学大学院社会科学研究院教授(政治学)
■石原新代表の憲法破棄論――日本は「クーデター」の危機に直面するのか?
さらに、石原氏の主張は反米右翼というだけではない。日本国憲法は「占領軍が占領のための手立てとして押しつけた」ものだから「無効」であり、「憲法改正などという迂遠の策ではなしに、しっかりとした内閣が憲法の破棄を宣言して即座に新しい憲法を作成したらいいのだ。憲法の改正にはいろいろ煩雑な手続きがいるが、破棄は指導者の決断で決まる。それを阻害する法的根拠はどこにもない」(354頁)と石原氏は述べる。
ということは、現実にはどのようなことを意味するだろうか?
「日本維新の会」が総選挙で躍進して、橋下氏が願う通りに、石原氏が次の日本の総理になったと仮定してみよう。現実に、「日本維新の会」が議席を大幅に増やすことは間違いないだろうし、自公が過半数に達しなければ、自民党の安倍晋三総裁が「日本維新の会」との連合政権を作ることは十分に考えられる。
この政権は現実的にも改憲を目指す可能性があると思われるが、石原「総理」の個人的見解に従って改憲を行うことになったと仮定しよう。そうすると、憲法改正の発議などをする必要はなく、総理大臣が「決断」して日本国憲法の「破棄を宣言」し、「即座に新しい憲法を作成」するということになる。
石原氏は、「敗戦まで続いていた明治憲法の73条、75条からしても」現行憲法は無効だとしているから、一時的にせよ、大日本帝国憲法に戻るのだろうか? それとも、憲法なき独裁体制になるのだろうか?
このような事態は法治主義(法の支配)や立憲主義に反するものであり、民主主義の崩壊であって、いわば「クーデター」である。民主的に選ばれた最高権力者も権力を絶対化するためにクーデターを行うことがあり、これは「自己クーデター」とも言われる。つまり、石原新党が政権を獲得するということは、クーデターの危険に日本が直面することを意味する。
現に石原氏は、憲法破棄について、政府が決定し、国会に諮り、国会が反対すれば「解散したらいい」と述べたという(2012年4月16日)。これは、まさしくクーデターそのものだろう。かつて石原氏が「ヒトラーになりたいね、なれたら」(笑い)(『論座』2001年5月号)と述べたのは、冗談半分にしても、単なる言い間違いや気紛れではないのだろう。
石原氏は、『新・堕落論――我欲と天罰』(新潮新書、2011年)では、「日本民族の無気力による衰退、価値観の堕落」を憂えて、5・15クーデター事件の首謀者の1人、海軍将校だった三上卓の作った『昭和維新の歌』をあげ、自分がその心境そのものである、と述べている。
石原氏が日本ファシズムの担い手そのものの心情に共感していることは、軽視すべきではない。氏の訴える「国家再生」のための「憲法破棄」は、もし実現すれば、「昭和維新」のようなファシズム的クーデターになりかねないのである。
このように、民主主義を崩壊させる危険のある思想のことを、通常の右翼と区別して「極右」といい、そのような政党のことを「極右政党」という。安倍自民党総裁は、国家主義的な主張をしており、改憲を目指しているから、右翼的政治家と言われる。
その点では、安倍自民党は右翼政党である。しかし、安倍氏は極右政治家とは言われないし、安倍自民党も極右政党とは言われない。
現に石原氏の憲法破棄論については、改憲を主張する安倍・自民党総裁すら「破棄は事実上、革命だ」(10月26日)と述べて距離を置いた。ここには、自民党政治家と「極右」政治家との相違が現れている。
さらに、「日本維新の会」の代表だった橋下徹大阪市長
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