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民主党政権はなぜ失敗したのか?――理念を軽んじた「政党」の自壊

小林正弥 千葉大学大学院社会科学研究院教授(政治学)

■民主党政権失敗の責任――誰が、どのようにしてこの帰結を招いたのか?

 民主党の惨敗が予想されるなかで、様々なメディアが、3代の民主党政権の軌跡を振り返りつつ、その失敗の原因を論じている。鳩山由紀夫元首相が出馬せずに引退したことは象徴的な出来事であり、鳩山政権の失敗にこの最大の理由を求める論評が少なくない。

 民主党関係者ですら、当時の鳩山氏や小沢一郎氏に責任があるような言い方をしている。政界を去る鳩山氏に責任を負わせるのは、今の民主党にとっては都合がいいかもしれない。けれども、本当にそうだろうか? そこに責任逃れはないだろうか?

 確かに、2009年の政権交代時の民主党のマニフェストに非現実的な部分があり、鳩山政権、そして鳩山氏に政治的な力量が不足していたことは確かだろう。しかし、それだけで民主党がここまで凋落するだろうか? それだけで、極右の国政進出や右翼的体制変革の危険までが生じただろうか? 

 民主党政権には、当初、脱官僚・政治主導、地域主権、新しい公共、コンクリートから人へ、国民の生活が第一、などの大きな夢や理念があった。鳩山氏はさらに「友愛」という自分自身の理念もそれに付加していた。これらが政権交代の大義名分だったのである。

 このような理念はその後にほとんど失われてしまい、今度の総選挙では影も形もなくなってしまったものが多い。筆者はここに民主党政権失敗の根本的な理由があると考えている。もしこれらの理念の主要部分を維持して総選挙に臨むことができれば、民主党は、実現できなかった政策について批判を受けることはあっても、これほどまでの惨状に至ることはなかったのではなかろうか?

■鳩山政権・菅政権・野田政権の軌跡

 まず、鳩山政権の崩壊には2つの大きな理由があったことを確認しておこう。1つは普天間基地の移設問題であり、もう1つは鳩山・小沢両氏に関する金銭疑惑で支持率が下落したことである。

 このうち、基地問題においては、内閣が日米安全保障体制の部分的変更を視野に入れて基地の国外移設を追求し、それがアメリカの反対に遭って挫折したのだから、ある意味では大きな政策的課題に挑戦して果たせなかったということになる。これが実現できなかったのは確かに鳩山内閣の力量不足の現れであるかもしれないが、この政治的課題はそもそも極めて大きいので、鳩山氏だけを責めるのは酷なところがある。

 他方で、「政治とカネ」と言われた金銭的疑惑に関しては、鳩山氏本人の実母からの資金提供疑惑は結局は嫌疑不十分で不起訴となったが、小沢氏の土地購入問題が内閣の崩壊を招いた。

 この小沢問題は菅政権でも大きな影響をもたらした。

 まず、菅政権は鳩山政権が理想主義的すぎたとみなして現実主義を掲げ、路線を大きく変更した。マニフェストに反して、消費増税やTPPを推進しようとし、2010年7月の参議院選挙で大敗した。菅直人首相は仙谷由人・岡田克也・前原誠司・枝野幸男氏らを重用して、マニフェストを重視しようとする鳩山・小沢両氏と対立し、脱小沢路線をとることによって代表の座を維持しようとした。同年9月の民主党代表選では小沢氏に勝利したが、それを通じて小沢グループとの対立は決定的になった。

 さらに、菅民主党は2011年2月には検察審査会による2度の「起訴相当」議決の後で、刑事事件の判決確定までの間、党員資格停止処分としたのである。ここにトロイカ体制は完全に崩壊し、政権交代を果たした民主党の理念は崩壊したのである。

 筆者は、民主党政権にとって、この民主党代表選とその後の小沢排除が最大の分岐点だったと思う。今回の総選挙で民主党は政権から転落すると予想されるが、民主党政権の理念の崩壊は既にこの時点で起こっており、それが2年後の現在に、現実の民主党政権の崩落過程として現れてくると思われるのである。

 しかも、11月12日に小沢氏の東京高裁における無罪判決が出て、その直後に突如、衆議院が解散され(11月16日)、さらにその直後に無罪が確定した(11月19日)。あたかも、小沢無罪判決が大きく論じられるのを野田政権が回避するような進行である。

 小沢氏が無罪ということは、菅首相の小沢排除の判断は道義的に決定的に間違っていたことになる。当時、プロ集団たる検察は起訴できないと判断していたのだから、検察審査会が強制起訴したからといって、時の首相たる者はあくまでも刑事法の原則に従って「推定無罪」とみなして行動すべきだった。菅首相は小沢氏を「不条理」と決めつけていたようだが、実際には首相の小沢排除の方が根拠のない「不正義」だったと思われるのである。

 3・11以後に脱原発を目指した点で菅政権を擁護する人もいる。筆者も、3・11後の菅首相の方針には見るべきものがあったと考えている。原発事故には、薬害エイズ事件のように、自民党政権時代の政官財界と学界の癒着が安全性の軽視をもたらしたという側面がある。菅首相は3・11後にそのことに気づいて、それを批判し脱原発を目指そうとした。これには国民の相当部分も共鳴した。しかし、菅首相は閣内で孤立していって菅降ろしが始まり、抵抗しきれなくなって退陣を余儀なくされた。

 ある意味では、これは3・11前に小沢・鳩山両氏を切り捨てた結果である。もし3・11後もトロイカがまだ維持されていたと仮定すれば、鳩山・小沢両氏が菅首相の脱原発路線を支持することは可能であり、菅政権はもっと持続したかもしれない。さらに脱原発路線を主軸にして総選挙をおこなえば、民主党は脱原発を望む相当数の人びとの支持を得て、勝利することができたかもしれない。少なくとも今回ほど惨敗が予想されることはなかっただろう。

 菅政権が崩壊せざるをえなかったのは、小沢氏を切り、政権交代の理念を放棄した結果だから、自業自得と言えるかもしれない。この結果、菅政権を支えるのは、仙谷・岡田・前原・枝野氏ら現実主義派だけとなり、菅首相の脱原発の方針は現実主義派からは理想主義的で非現実的と見えたので、菅首相は現実主義派の支持も失って政権が維持できなくなったのである。

 しかし、これはさらに民主党自体に大きな問題をもたらした。

 その次に成立した野田政権は、菅政権以上に現実主義的路線を強め、財務省に依拠して消費税増税を目指し、経産省に依拠して環太平洋経済連携協定(TPP)参加を目指し、外務省に依拠して対米随従路線をとった。消費税増税を強引に決定した結果、ついに小沢グループが脱党することになり、民主党は分裂した。対米随従路線の結果、輸送機オスプレイ配備でもアメリカに異を唱えることは一切なく、沖縄では米兵の事件が立て続けに起こって、沖縄県知事も含め沖縄の人びとの感情は決定的に悪化した。そして、総選挙においてTPP参加を公約に入れようとして、鳩山元首相は引退し、脱党者が相次いで民主党は空中分解し始めたのである。

 こうして、政権交代の主役だった鳩山・小沢両氏は民主党を去り、民主党は大敗確実になって、民主党政権は崩壊寸前である。果たしてこの最大の責任は誰に、そして何にあるのだろうか? ・・・ログインして読む
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筆者

小林正弥

小林正弥(こばやし・まさや) 千葉大学大学院社会科学研究院教授(政治学)

1963年生まれ。東京大学法学部卒業。2006年より千葉大学大学院人文社会科学研究科教授。千葉大学公共研究センター共同代表(公共哲学センター長、地球環境福祉研究センター長)。専門は、政治哲学、公共哲学、比較政治。マイケル・サンデル教授と交流が深く、「ハーバード白熱教室」では解説も務める。著書に『対話型講義 原発と正義』(光文社新書)、『日本版白熱教室 サンデルにならって正義を考えよう(文春新書)、『サンデル教授の対話術』(サンデル氏と共著、NHK出版)、『サンデルの政治哲学 〈正義〉とは何か』(平凡社新書)、『友愛革命は可能か――公共哲学から考える』(平凡社新書)、『人生も仕事も変える「対話力」――日本人に闘うディベートはいらない』(講談社+α新書)、『神社と政治』(角川新書)など多数。共訳書に『ハーバード白熱教室講義録+東大特別授業』(ハヤカワ文庫)など。

 

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