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北朝鮮を代表する女流画家に見る「体制で生き残るすべ」――記念写真から消された4人

小北清人 朝日新聞湘南支局長

 日本では総選挙の真っ最中ですが、北朝鮮はいま「ムルガリ」の最中にあります。「ムルガリ」というのは「人事の仕分け」のこと。金正恩(キム・ジョンウン)体制がスタートしてもうすぐ1年、新体制を支える党や軍幹部たちの選び出しが本格化しているのです。今回の、北朝鮮による事実上の長距離弾道ミサイル発射予告もその延長線上にあると思われます。

 「ムルガリ」は平壌(ピョンヤン)の幹部だけでなく、全国規模で行われます。ただ北朝鮮ならではといえるのは、対象者の経歴、それまで生きてきた人生の過程すべてが執拗に洗い直され、指導者への忠誠心は十分か、敵のスパイの可能性はないか、血筋に反逆者はいないか、仕えた上司に問題人物はいないか、徹底した調査が行われることです。

 そうした中で、沈む者あり、粛清あり、抜擢される者あり、なのですが、新指導者・金正恩氏がまだ30そこそこの年齢ですから、「若さ」も昇進の基準になっているといいます。

 かようなわけで、目下国内で血なまぐささプンプンの北朝鮮なわけですが、かの国で「生き残る」というのはどういうことか、北朝鮮を代表するある女流画家の「生き方」を例に、紹介してみようと思います。最近出版された『北朝鮮宣伝画の世界』(レインボー出版)という本に、彼女について示唆に富む、興味深い論考が出ていました。著者の大場和幸氏は北の文化芸術分野に詳しく、いわば知る人ぞ知る存在です。その論考を参考に書くことにします。

 その女流画家は「金承姫」(キム・スンヒ)というひとです。北を代表する多くの美術家で組織された「万寿台(マンスデ)創作社」所属。人民芸術家と称されています。2011年1月に当時の金正日(キム・ジョンイル)総書記が万寿台創作社を訪れ、創作社の関係者20人ほどと記念写真を撮ったとき、金総書記のちょうど後ろに立っていたのが彼女でした。記念写真には、当時まだ後継者だった金正恩氏も写っています。

 彼女は1939年、東京生まれの73歳。「在日」出身です。両親は済州島(チェジュド)出身で、8人の兄弟姉妹の6番目。事務員の仕事をしながら武蔵野美術大学で油絵を学んでいたそうです。59年夏にオーストリアのウィーンで開かれた世界青年学生祝典に在日青年学生代表として参加するよう朝鮮総連組織に言われ、ウィーンに発ちました。

 当時は海外渡航した在日朝鮮人に日本への再入国は認められておらず、祝典後、彼女たち在日学生代表(10人ほどだったといいます)は日本に戻らず北朝鮮に入ります。彼女たちもおそらくそれは最初から承知の上のことだったでしょう。

 在日朝鮮人の北朝鮮への帰国事業が始まるのはその年12月からのことです。彼女たちの北朝鮮入りは、北朝鮮指導部にとっては、帰国事業宣伝の広告塔の役割を担っていたのかもしれません。

 現に、北朝鮮が1959年に刊行した日本語グラフ誌『朝鮮』には、北に入った彼女たちが同年9月18日、平壌で金日成首相(当時)と会い、中央庁舎前で撮影した記念写真が掲載されています。金日成氏が前列真ん中に立ち、彼を囲むように若者ら19人が写っています。金承姫氏らしき女性は金日成氏のすぐ隣に少し緊張した様子で立っています。彼女はまだ20歳になったばかりでした。

 平壌美術大学に進んだ彼女は、女流画家として開花します。代表作には、「最初の帰国同胞をふところに抱かれた偉大な首領金日成同志」、金日成氏が朝鮮総連議長だった韓徳鉢(ハン・ドクス)氏の腕を取り散策する姿を描いた「総連活動家にチュチェの血統を受け継がせる偉大な父」、北朝鮮に渡った在日朝鮮人青年と歓談する金日成・正日父子を描いた「父のふところで」などがあり、独裁金王朝の「偉大性」賛美一色の絵を描き続けます。1999年には平壌で「人民芸術家・金承姫美術作品展示会」も開かれました。

 2004年には彼女の作品を集めた『人民芸術家・金承姫作品集』が北で刊行されました。

 ところが、です。『作品集』には、1959年のグラフ誌『朝鮮』に載ったものと同じとみられる写真が出ているのですが、そこでは、19人のうち4人の姿がいかにも不自然に消されているのです。

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筆者

小北清人

小北清人(こきた・きよひと) 朝日新聞湘南支局長

朝日新聞入社後、大阪社会部、AERA編集部などを経て現在、朝日新聞湘南支局長。92~93年、韓国に語学留学。97年、韓国統一省傘下の研究機関で客員研究員。朝鮮半島での取材歴多数。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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