2013年02月07日
防衛省は平成25年度予算の概算要求で1万8000名という大幅な人員増加を求めた。その多くは1士および2士などの2年契約の任期制自衛官、いわゆる「兵隊」だ。最も多いのは陸上自衛隊で、約1万1000名を要求していた。
だがその後の折衝で、政府案での増員は287名(陸自94名、海自96名、空自97名)まで大幅に減らされた。これは極めて常識的な判断だった。
しかし、1万8000名という数字は非常に非現実的で、このような要求が概算要求でされたこと自体に問題がある。
自衛隊の定員は約24万8000人だが、実数は23万人であり、1万8000名の増員は充足率を約100パーセントにすることになる。この大幅増員は陸海空の各幕僚監部よりも内局が強力に主張している。むしろ各幕には早急すぎる人員増加を危ぶむ声も多かったようだ。
この大増員は筆者の取材する限り、自民党国防部会からの内局への圧力であると考えていいだろう。つまり政府与党は1万8000名の増員はリーズナブルと考えていたことになる。
恐らく安倍政権はこれを失業者対策としてもとらえていたのではないだろうか。安倍政権は約60万人の雇用を創出するとしているが、1万8000名はその3パーセントにあたり、雇用の底上げになる。安倍政権は抑制してきたその他の国家公務員の新卒採用も増やす予定だ。民間の雇用を増やすのは難しいが公務員を増やすのは容易だ。
これは既に発表されている借金による公共事業で需要を拡大することと同じく、国債という借金によって雇用を増やすものであり、とても健全とは言えない。これは参院選に向けた人的なばらまき政策だろう。
このような大幅な自衛官の急増は防衛力の強化にとっても実はマイナスであり、我が国の防衛力を弱体化させる。その理由をさらに具体的に述べてみよう。
まず1万8000名という数はバブル期並みで、自衛官を募集する地方協力本部のキャパシティーを超えている。実際、筆者が知っている地方協力本部の幹部は「難しい」と率直に語っていた。
それだけではない。質の面でも問題が起こる。質の高い隊員を採ることよりも、人数合わせが優先されれば(政治からのオーダーならば当然そうなるだろう)、バブルの頃のように九九ができなかったり、漢字も書けないような者が隊員として採用される可能性もある。
また既に2012年末あたりから、元任期制自衛官に自衛隊に戻ってこないか、と内々で勧誘があったという。一概に断言することはできないだろうが、曹に昇進することもできず、民間で定職につけない者を再雇用しても使いものになるのだろうか。
外国では軍曹など下士官にあたる曹クラスは任期制自衛官、「兵隊」から採用される。兵隊の質が下がれば当然その中から選別される下士官の質も下がる。
現在、任期制自衛官は人気がある。人気があるために本来高卒者を対象にしているにもかかわらず、大卒者までが応募してくる。
だがその人気には光と影がある。全員が昇進して曹、つまり「正社員」になれるわけではないが、曹になれば定年まで職が保証されている。また働きながら大学を卒業し、幹部(将校)になれば佐官にまでなることも不可能ではない。この場合、既に大学を卒業している大卒者の方が有利だ。
しかし「正社員」になれなかった者は自衛隊を去らねばならない。その場合、再就職先を探すこととなるが、自衛官はつぶしが利かないと言われ、新卒者に比べて、2年、4年の「ブランク」がある元自衛官が正社員になることは難しい。
これが高度成長期であれば受け皿はいくらでもあった。だが、現状、高校を卒業し2年ないし4年間で自衛隊を辞めた場合、年齢が高くなる分だけ再就職は新卒より不利になるのだ。実際、地方協力本部の仕事で大変なのはこの任期制自衛官の再就職斡旋だ。
来年度に1万8000名も採用すれば、採用に人手が取られて、この再就職斡旋業務が手薄になり、失業者を増やすことになりかねなかった。また2年後以降、退職する任期制自衛官の数が激増することになるが、彼らに対して十分な再就職掩護ができたのだろうか。
ところが内局の某高官は「来年度に採用した人間は2年後、4年後に全部解雇すればいい」とうそぶいていたという。これが政治の意思であるならば、露骨な選挙の方策である。「使い捨て」された元自衛官こそいい面の皮だ。
政治に媚びを売るのが内局の仕事ではあるまい。政治の無理難題に専門家として箴言するのが仕事だろう。
任期制自衛官の大量採用は短期的には失業者を減らすカンフル剤となっただろうが、中長期的にみれば若年非正規労働者、あるいは失業者を増やすことになる可能性が極めて高かった。これは中長期的にみて国の経済にとっては大きなマイナスだ。
確かに自衛隊では1士、2士の充足率は極端に低い。また自衛官の平均年齢も他国の軍隊に比べて高い。これらは筆者も指摘してきた事実であり、この解消が必要であることは筆者も否定しない(グラフ1)。
だが問題は、防衛省が財政健全化のために人件費の抑制を財務省から求められてきたにもかかわらず、これまでの防衛省は任期制自衛官の採用だけを極端に減らすことでお茶を濁してきたことだ。
本来、人件費の高い将官や幹部(将校)の数を減らすべきだったが、逆に将官、幹部、曹・士長(下士官)に至るまで、この10年ほどこれら「正社員」の人員は増えているのだ。
任期制自衛官の増員は過剰な幹部(将校)などの人員削減、また任期制自衛官の再就職のケアの充実とセットでおこなうべきだ。
繰り返すが、財務省は人件費の圧縮を求めてきた。
だが先に述べたように、防衛省・自衛隊は「正社員」たる将官、幹部(将校)、曹(そして士長)の雇用には手をつけず、減らしやすい「契約社員」たる兵隊、すなわち1士、2士だけを減らしてきた。しかも士長以上、将官までは逆に人数が増えている(グラフ2)。
特に筆者と同世代に採用された通称「バブル1佐」(大佐)は完全に余剰である。これでは人件費の削減にはならない。現場の戦力を細らせただけだ。
それが先の東日本大震災の大規模派遣でも現場の人手不足という形で露呈した。しかし、多くのメディアが自衛隊礼賛ばかりをおこなったので、この深刻な問題はほとんど報道されなかった。
兵隊より将軍の人件費が高いことは論を待たない。将官の俸給は「兵隊」の約4倍ほどだが、それだけではない。2年あるいは4年で契約が終わる士の退職金はさほどの金額ではないが、将官の退職金は高い。近年、論文投稿問題で解任された田母神俊雄氏の場合は約7000万円だった。各種手当て、厚生年金の半分もこれまた国の負担で、人件費に含まれる。
さらに将官には副官、秘書官、運転手がつく。将官一人をリストラすれば彼らの人件費も不要となる。つまり将官を一人減らすと20~30名分の「兵隊」の人件費が浮くのだ。
他国の軍隊では、一定の年齢まで一定の階級に昇格しない人間は退職しなければならないという仕組みがある。また予備役制度によって予備役に編入する仕組みがある。だが、自衛隊では事実上将官・将校の予備役制度がない。このためいったん自衛官になれば定められた退職年齢まで勤めることができる。これまた自衛隊の人件費と平均年齢を押し上げている原因となっている。
本来、固定費たる人件費の削減のためには「正社員」に手をつける必要があった。だがぬるま湯の仲良しクラブである自衛隊は、
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