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なぜ政治学者は沈黙しているのだろうか?――政治科学と改革派政治学の蹉跌

小林正弥 千葉大学大学院社会科学研究院教授(政治学)

■政治学者不在の総選挙番組とメディア

 2012年末の総選挙の際、テレビで選挙速報を見ながら不思議に思ったことがある。以前なら、幾人かの政治学者がテレビに出演して選挙情勢とその理由、今後の見通しなどについて語っていた。ところが、今回は民放各局やNHKではそのような姿は見られなかった。選挙速報の番組の中では、池上彰氏の出演した「総選挙ライブ」が好評で話題を博したようだが、池上氏はもちろん政治学者ではない。

 このような現象は、選挙速報だけのことではない。雑誌『世界』などを除けば、新聞・雑誌などの他のメディアでも、政治学者の政治評論が少なくなっているように思われる。これは、ある意味では政治学にとって由々しきことである。

 筆者は、総選挙前にはwebronza掲載の一連の文章で日本政治の行方に警鐘を鳴らしたし、総選挙後には「アベノミクスと『ダモクレスの剣』――『経済再生』という夢想の後に待ち受けるもの(2013/01/07)」などで参議院選挙後の日本政治について危険性を指摘している。

 でも、他の政治学者たちの声は小さく、日本維新の会・石原党首の危険性や、安倍政権の問題性について、政治学的な評論は少ないと言わざるを得ないように思われる。

 もちろん、日本政治が本当に平穏無事ならば、問題はない。しかし、本当に危機があるのならば、政治学はこのような状況に対して何も発言しなくていいのだろうか? 

 仮に時局がさらに深刻で、第2次世界大戦の前のように、ファシズム化が進み開戦前夜にあるとしても、今のような状態では政治学者の多くは沈黙を続けるということになりかねないように思われるのである。

 以前によく見られた学者たちが登場しなくなっているのには、個々人の事情があるかもしれないし、高齢化ということもあるのだろう。けれども、それに代わる新しい政治学者があまり現れていないように思われるのである。これはなぜだろうか?

 もちろん、メディアから政治学者が出演や寄稿の依頼を受けなければ、基本的には政治学者は登場しないから、この原因の一つはメディア側にもあるのかもしれない。メディアが芸能人や評論家などを優先的に呼ぶようになったり、同じ学者を呼ぶ場合には他の分野の学者を呼ぶようになったのかもしれない。

 ある意味では視聴率などの観点から世間受けがいい人々を呼ぶようになって、学問的観点からのコメントを敬遠しているのかもしれない。これは、こと政治に関しては、学問的訓練を受けていない人々のみが世論に影響を与えることになりかねないから、メディア側にも、このような傾向が本当にいいのかどうかを考えていただきたいものである。

■科学主義的政治学の隆盛

 しかし、問題はさらに深いところにあるのではないだろうか? メディア側だけではなく、政治学の側にも理由があるのかもしれない。この理由を考えてみよう。

 戦後、丸山眞男をはじめとして、 ・・・ログインして読む
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筆者

小林正弥

小林正弥(こばやし・まさや) 千葉大学大学院社会科学研究院教授(政治学)

1963年生まれ。東京大学法学部卒業。2006年より千葉大学大学院人文社会科学研究科教授。千葉大学公共研究センター共同代表(公共哲学センター長、地球環境福祉研究センター長)。専門は、政治哲学、公共哲学、比較政治。マイケル・サンデル教授と交流が深く、「ハーバード白熱教室」では解説も務める。著書に『対話型講義 原発と正義』(光文社新書)、『日本版白熱教室 サンデルにならって正義を考えよう(文春新書)、『サンデル教授の対話術』(サンデル氏と共著、NHK出版)、『サンデルの政治哲学 〈正義〉とは何か』(平凡社新書)、『友愛革命は可能か――公共哲学から考える』(平凡社新書)、『人生も仕事も変える「対話力」――日本人に闘うディベートはいらない』(講談社+α新書)、『神社と政治』(角川新書)など多数。共訳書に『ハーバード白熱教室講義録+東大特別授業』(ハヤカワ文庫)など。

 

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