2013年03月13日
これは、弁護士グループが全国にあるすべての14の高裁・支部で、同様の提訴をしているうちの初めての判決である。3月27日までに判決は出そろうことになるそうだが、年内にも最高裁判所がそれに対する統一判断の判決を出し、確定する見通しだという。
なお、最高裁は、2011年8月に実施された2009年の衆議院選挙の最大格差は2.30倍だったが、「違憲状態」と判断した。だが最高裁は、この28年間、この問題で違憲判決は出していない(注1)。
国会も、この問題を放置してきたわけではない。昨年の衆議院解散前も、是正作業は間に合わなかったが、定数是正を決めていたし、今国会でも議論されはじめている。
今後、この問題は、現実の選挙区定数是正や選挙区の線引きの問題として、政党間の思惑も含めて、国会でも激しい議論が続いていくだろう。
だが、本記事で論じたいのは、そのような国会の問題ではない。司法の問題だ。
日本は、憲法上も、三権分立制がとられている。それは、主権者である国民の権力を為政者に任せるが、その為政者の権力が大きくならないように、立法・行政・司法の三権に分立させ、相互に監視させ、抑制させ、全体のバランスをとらせることだ。いわゆるチェック・アンド・バランス(check and balance)である。この制度は、日本国憲法に規定されている。
民主主義の国においては、最終的なチェック・アンド・バランスをとるのは、主権者である国民・有権者しかないが、実はその前段階で非常に重要なのは、憲法や法律に基づいて立法や行政をチェックする司法なのだ。特に、最終的な判断を下す最高裁判所が重要だ。このため司法は、市民を守る最後の砦、民主主義の最後の砦といわれることもある。
だが、他のいくつかの記事でも書いきたように、日本は、行政中心に国や社会が運営されてきたため、立法や司法の存在感が弱かった。そうはいっても、国会は、少なくも形のうえでは政治や政策形成の中心(いわゆる国権の最高機関=注2)であり、その動きはメディアでも注目を集める。それに比して、司法は、社会的注目の面から考えても、存在感が薄かったのが現実だ。
なぜこのようなことになったのかといえば、
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