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ビンラディン暗殺の「闇」の深さ――ボストン爆弾テロ事件と暴力の連鎖

水野孝昭 水野孝昭(神田外語大学教授)

 笑顔と歓声に包まれた休日の穏やかな時間を、突然の爆音が切り裂いた。

 血まみれで逃げ惑う人々。郵便で送り付けられてくる毒薬。

 米国ボストンで4月15日に起きた爆弾テロ事件の実行犯は、まだわかっていない。だが、一般市民を狙った無差別殺戮というニュースは、2001年に起きた同時多発テロの記憶を、まざまざと人々に思い起こさせている。

 私たちは、まだ無差別テロという悪夢から覚めていなかったのだ。

               ◇          ◇          ◇

 あれから、もう2年になろうとしている。

 国際テロ組織アルカイダの指導者、オサマ・ビンラディンの暗殺は、小説のようにドラマチックだった。

 9・11同時テロの後、アフガニスタン国境の山岳地帯で姿を消して以来、米国の徹底的な捜索をあざ笑うように、いっこうに行方の知れなかったビンラディン。その隠れ家は、パキスタンの首都から遠くない軍都アボダバードの大きな屋敷に違いない、と米中央情報局(CIA)が突き止めた。治安機関の尋問、通信の傍受、偵察衛星による監視など、米国の巨大な捜索の網をくぐりぬけてきた超大物テロリストだが、伝令役に使っていた男が一瞬の隙をみせたことが、命取りになったのだ。

 パキスタンは、対テロ戦争で米国に協力してきた友好国だ。だが、情報漏れをおそれたオバマ政権は、パキスタン政府に事前の通告をしないまま、アフガニスタンから、レーダーに映りにくいステルス・ヘリコプターで特殊部隊を送り込むことを決めた。

 作戦が失敗すれば、米国のメンツが丸つぶれになるだけでなく、11月の大統領選挙でのオバマ大統領自身の再選にも大きな打撃になる。政治生命を賭けての決断だった。

 その賭けは、成功した。

 世界を震え上がらせた稀代のテロリストも、漆黒の深夜に空から来襲してきた米軍部隊に、抵抗らしい抵抗もできなかった。若い妻と一緒だった3階の寝室で、頭や胸を撃たれて血の海に沈んだ。部屋の片隅の壁には、カラシニコフ銃が立てかけてあったが、手をかけることもできなかったという。

 作戦のいきさつは、映画「ゼロ・ダーク・サーティー」にもなって話題を集めた。

 だが、物語として脚色が許されるフィクションの世界と、実際に起きたことを一つひとつ事実の断片として積み上げて再構築していくジャーナリズムの作業とを、混同してはいけない。

 ビンラディン暗殺の余波を考えるために、あらためてテロリストの軌跡を確認してみよう。

■「アラブ・アフガン」

 アルカイダの指導者の誕生は、冷戦時代にさかのぼる。

 ソビエト軍がイスラム国であるアフガニスタンに侵攻したことに憤激して、イスラム諸国の若者が義勇兵として続々と隣国パキスタンに駆け付けた。アラーのために異教徒と闘うイスラム戦士を「ムジャヒディン」と呼ぶ。そうした一人が、サウジアラビア出身のビンラディンだった。当時、彼は22歳か23歳くらいだったはずだ。

 若きビンラディンが拠点としていた、パキスタンの国境の町ペシャワルを訪れたことがある。1992年、ソ連の傀儡(かいらい)と言われたアフガニスタンのナジブラ政権が、ムジャヒディン勢力の一大攻勢に屈して、崩壊した直後だった。

 ほこりっぽい路地の奥に、土壁の大きな家が並んでいた。その前には、黒光りするカラシニコフ銃を手にして弾倉を体に巻きつけた、ひげ面の兵士たちがたむろしていた。勝ち誇った軍閥のリーダーたちは、他の軍閥より早く首都カブールへ入城して凱旋行進をしようと、準備に大わらわだった。

 兵士の中には、アフガニスタン人に加えて、イスラム諸国から集まってきた義勇兵たちもいた。彼らの出身は、パレスチナ、イエメン、スーダンなど様々だった。

 「アラブ・アフガン」と呼ばれていた彼らは、周囲と雰囲気が違っていた。

 アフガニスタン人の兵士たちには、人なつっこい笑顔が多かった。外国人には興味津々で、こちらのカメラを珍しそうにいじくり回したり、取材に対しても過剰なほど愛想よく答えてくれたりした。

 だが、「アラブ・アフガン」の ・・・ログインして読む
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筆者

水野孝昭

水野孝昭(みずの・たかあき) 水野孝昭(神田外語大学教授)

神田外語大学教授(国際関係論) 朝日新聞ハノイ特派員、ワシントン特派員、ニューヨーク支局長、論説委員などを経て、現職。監訳書に『偽りのホワイトハウス――元ブッシュ大統領報道官の証言』(スコット・マクレラン著、朝日新聞出版)など。

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