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憲法96条改正はなぜ問題外なのか?(中)――諸外国との比較

木村草太 首都大学東京教授(憲法学)

6 日本国憲法の改正規定は厳格すぎるのか?

 諸外国の改憲要件は、多くのメディアで解説されてきた。一応、確認しておくと、次のような感じである。

 韓国では国会(一院制)の在籍議員3分の2の賛成+国民投票による承認(大韓民国憲法第十章)、アメリカでは上下両院での3分の2の賛成+4分の3の州の承認(アメリカ合衆国憲法第五編)、ドイツでは連邦議会・連邦参議院双方で構成員3分の2の賛成(ドイツ連邦共和国基本法79条)が必要とされている。フランスでは、国会の有効投票数の5分の3ないし、国会の議決+国民投票により改憲ができる(フランス1958年憲法89条)。

 では、これらの国と比べて、日本の要件は厳しいのだろうか。

 例えば、「総議員の3分の2」と「出席議員の3分の2」とでは、確かに「総議員」とする日本の方が厳しそうである。しかし、その差がどれぐらいなのかは、はっきりしない。

 通常の法律は、定足数を満たした出席議員の過半数で議決されるが、これが仮に、総議員の3分の2という要件だった場合に、どのくらいの法案が成立できなかったのかは、定かではない。また、国会の状況が、少数政党の乱立した国なのか、二大政党制の確立した国なのか、政党による各議員の拘束の強い国なのか、によっても、状況は全く異なるはずである。

 さらに、「国民投票」と「州の承認」とでは、性質が違うから、そもそも比較できないだろう。このように、改正要件は、各国のシステムが異なる以上、単純な比較は出来ないのである。

 また、改正手続だけを比較するだけでは分からないこともある。

 諸外国の憲法には、「この条項は、改憲手続を経ても改正できない」とする条文がある。こうした改憲手続でも変えられない内容のことを「改正限界」という。

 例えば、ドイツには、基本権保障・連邦制の基本原理の変更を禁じる条項があり(ドイツ連邦共和国基本法79条3項)、フランスにも共和制の変更を禁じる条項(フランス1958年憲法89条5項)がある。また、アメリカ合衆国憲法では、上院での各州投票権の平等を変更することは禁じられている(同第五編)。

 改憲手続がいくら緩くても、改正限界が多ければ実際には変更できない部分が多いということになり、その国の憲法は、非常に「硬い」憲法だということになる。改憲要件の厳しさ・緩さは、単純に手続だけを比較しても分からない。

 さらに厄介なことに、「改正限界」の内容は、形式的に条文を見ただけでは分からないことが多い。例えば、フランス憲法の冒頭には、1789年に採択された人権宣言が鎮座している。憲法の文言だけを読むと、これも改正できそうだが、恐らく、フランスの法律家は、改憲手続を経れば人権宣言を破棄できる、とは考えていないだろう。イギリスも、不文憲法・軟性憲法の国だと言われるが、議会の議決だけで王室を廃止できるとは思えない。

 要するに、改憲要件の厳しさ・緩さを比較するのはほとんど不可能ないし無意味であり、形式的な比較もトリビア知識以上の意味はない。

 また、仮に比較ができて、日本に比べ外国の方が厳しいないし緩やかだとしても、それに応じて日本法を改正すべきだとは限らない。憲法改正手続は、政治ゲームの基本ルールであり、各国民も、そのルールを前提に選挙をしている。例えば、日本の場合、野党に改憲拒否権があることが、選挙での投票の前提になっている。

 いきなり外国のルールに合わせるのは、この前提を破壊するもので適切でない。将棋を指している途中で、チェスに比べて駒の数が多いからといって駒を減らすのが妥当でないのと話は同じである。一度決めたルールは、ゲームを続ける限り変更してはならない。

7 日本国憲法の改正回数は少なすぎるのか?

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筆者

木村草太

木村草太(きむら・そうた) 首都大学東京教授(憲法学)

1980年生まれ。東京大学法学部卒業後、同大学助手、首都大学東京准教授を経て現職。専門は憲法学。著書に『平等なき平等条項論』(東京大学出版会)、『憲法の急所』(羽鳥書店)、『キヨミズ准教授の法学入門』(星海社新書)、『憲法の創造力』(NHK新書)、『テレビが伝えない憲法の話』(PHP新書)、最新刊に『集団的自衛権はなぜ違憲なのか』(晶文社)、共著に『未完の憲法』(潮出版社)、『憲法の条件――戦後70年から考える』(NHK出版新書)、『検証・安保法案――どこが憲法違反か』(有斐閣)など。趣味は音楽鑑賞と将棋観戦。棋譜並べの際には、菱湖書・竹風作の彫埋駒を使用。

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