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国会議員にも拡大するヘイトスピーチーー歴史修正主義からユダヤ人蔑視発言まで

五野井郁夫 高千穂大学経営学部教授(政治学・国際関係論)

 「上手にやりさえすれば、そして充分大きな声で呼びさえすればいついかなるときにもプロパガンダであらゆることをなしとげられるし、どんなことでもすべての人に信じこませることができると思うのが、現代に広く見られる誤謬であるとすれば、モッブの声は民衆の声であり、それ故神の声である、そして唯々諾々としてその声について行くのが指導者の務めであると考えるのがあの時代の誤謬だった。」(ハナ・アーレント著、大久保和郎訳『全体主義の起源 1 反ユダヤ主義』新装版、みすず書房、1981年、203頁)

 ナチスのホロコーストにより亡命を余儀なくされたユダヤ人政治思想家アーレントは、自身らの居場所を社会のうちに見出せない零落した中産階級を、モッブ(mob)と呼んだ。それは、「カリカチュア化された民衆」であるため「よく民衆と混同される」が、民衆そのものではない。鬱憤の捌(は)け口を求めたかつてのモッブは、彼らが憎むもののすべてをユダヤ人のうちに見出した。モッブはのちにナチズムの温床となった。

 では、いまの日本はどうだろうか。東京や大阪でほぼ毎週、在日韓国・朝鮮人などに対してヘイトスピーチを浴びせるデモを行っている「在日特権を許さない市民の会」(以下、在特会)らのような差別主義者こそが、現代日本の典型的なモッブと云えるだろう。

 5月31日朝に放送されたNHK総合「おはよう日本」のヘイトスピーチ特集で、同デモ参加者が「在日社会を攻撃する、韓国人に対して罵声を浴びせる。それをやることによって、自分の不遇な人生を満たしている」と心情吐露をしていたことからも、彼ら自身の日常でたまったストレスの捌け口として蔑視表現を行っているに過ぎないのは明らかである。

 過去の歴史と向き合うことを怠った結果としていまだに存在している戦前からの差別意識や、2000年代後半の日韓関係の悪化によって、過激主義の温床であったネット上で集団分極化が生じ、ネットでの匿名の書き込みがリアルな空間でも出来したのが、近年の差別主義者らによるヘイトスピーチの氾濫という事態である。

 こうした事態に対して一般市民らによる差別に反対するカウンターや、国会議員らによる院内集会が行われたことがきっかけとなって、政府側も5月7日には安倍晋三首相が参議院予算委員会で「他国の人々を誹謗中傷し、まるで我々が優れていると認識するのはまったく間違い。結果として自分たちを辱めている」 とヘイトスピーチを非難したのを皮切りに、谷垣禎一法務大臣も9日の参議院法務委員会で「憂慮に堪えない。品格ある国家という方向に真っ向から反する」 と述べ、さらに菅義偉官房長官も5月22日の衆院内閣委員会で「人々に嫌悪感を与えるだけでなく、差別意識を生じさせる。極めて残念な行為だ」 と厳しく批判した。

 このように市民と政治家、そしてメディアがともに社会としてヘイトスピーチを許さない姿勢をとった効果も出始めた。

東京・新大久保でのデモ=2013年2月9日(左)と2013年5月20日、ともに筆者撮影東京・新大久保でのデモ=2013年2月9日(左)と2013年5月20日、ともに筆者撮影
 新大久保の差別デモではいまだデモ参加者が「殺せ」などと暴言を吐いているものの、以前の2月9日と5月20日のプラカードを比べてみると、明らかに後者の方がトーンダウンしている(写真)。

 だが、安倍首相ら政府閣僚のヘイトスピーチへの対応とは対照的に、冒頭のアーレントの文章そのまま「唯々諾々としてその声について行く」政治家がまだ多くいる。

 その一人が、5月17日に日本維新の会の党代議士会で「韓国人の売春婦はまだうようよいる。大阪で『お前、韓国人慰安婦だ』と言ってやったらいい」と発言し、維新の会から除籍された西村眞悟衆議院議員である。

 西村議員は、5月13日に衆議院第一議員会館の会議室で開催された「沖縄県祖国復帰41周年記念議員会館学習会」の講演で、以下のような東アジアの諸外国のみならず、ユダヤ人全般に向けて蔑視発言を行っていたのだ(8:10-8:57)。

 「20世紀の歴史は、卑劣な軽蔑すべき商人であったユダヤ人が勇敢な戦士となり、勇敢な戦士であった日本人が卑劣な軽蔑すべき商人になり下がった時代である。1945年を境にしてそうなった。したがって我々の課題は、いまこそ、我々には失われた記憶ではありますけど、チャンコロや朝鮮には

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