メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

RSS

日本のファーストレディー・安倍昭恵の戦い --「原発反対」発言をめぐって

五野井郁夫 高千穂大学経営学部教授(政治学・国際関係論)

 「今のことでも、またもっと辛いことでも、服従するほかありませんわ。ですから、私としては、あの世にいる方々にも容赦を願って、権力を手に握っている者の言うまま、やっていくつもりですの。そうするほかないのですもの。よけいな騒ぎをしてみても、何のたしにもなりませんもの」(ソポクレース作、呉茂一訳『アンティゴネー』岩波文庫 1961年、11頁 )

 ギリシャ三大悲劇詩人ソフォクレス(ソポクレース)による代表作の1つ『アンティゴネー』は、主人公であるテーバイの王女アンティゴネーが、国家指導者である叔父クレオンの国としての決定と対立して、彼女自身の信じる正義をつらぬく物語である。上記の文章は、アンティゴネーに対して妹のイスメーネーが「国家に反抗(はむ)かう」(同上、12頁)のを思い止まるよう、説得している一幕だ。

 この場面を思い出したのは、他でもない、安倍晋三総理大臣の妻・安倍昭恵夫人のある発言を目にしたときのことである。安倍昭恵総理夫人は、さる6月6日、国会内での講演で「私は原発反対なので、非常に心が痛むところがある」と発言をした。

 同発言は、安倍昭恵夫人が顧問を務めているNPO団体「ふるさとテレビ」主催の講演でのことだったが、日本の歴代首相とそのパートナーの発言を振り返ってみても、総理夫人が総理大臣本人ならびに政府方針と異なる意見を公の場で語るのは、極めて異例であるばかりか、大変勇気ある行動だと云える。

朝日新聞のインタビューに答える安倍昭恵さん=2013年5月17日、首相公邸拡大朝日新聞のインタビューに答える安倍昭恵さん=2013年5月17日、首相公邸
 この報道によれば、くわえて安倍昭恵夫人は「私は家庭内野党。(周囲の人は)嫌なことは、だんだん権力を持つと(首相に対して)言えなくなる」と述べ、最近は夫人自身が耳障りなことを首相に直接伝えていることを表明したという。

 これをただのガス抜きに過ぎないとする意見もある。

 しかしながら公式な発言であることに変わりはない。多くのマスメディアや側近たちが迎合して総理の顔色を伺い、耳に逆らう忠言を控えているようにみえるなか、この国一番の「権力者」に対して諫言し続けている安倍昭恵夫人には敬意を表したい。

 これまで幾度となく、安倍昭恵夫人は週刊誌による誹謗中傷の的になってきた。新聞記事とは違いゴシップとは、たとえ誇張や捏造でもその瞬間だけ話題になりさえすればよいのだ。

 「女性自身」の2月12日号では「安倍昭恵さん~首相公邸台所改装費に税金一千万円」と題された記事が掲載されたが、夫である安倍首相自らfacebook上で同記事は「とんでもない捏造記事です」と訂正を求めた。また「週刊新潮」6月13日号も「順風『安倍内閣』のアッキーレス腱!? 裸の女王様の声もある 『安倍昭恵』しゃしゃり出て『参院選候補』は元暴力団組長ご推薦」という記事を載せるなど、安倍総理本人よりも、安倍昭恵夫人への風当たりのほうが強い。

 ところで実際のところ、安倍昭恵総理夫人は本当に非難されるような行動をしているのだろうか。新聞報道や彼女のfacebookを閲覧した限りでは、ファーストレディーとして歴代の総理夫人に勝るとも劣らぬ活躍をしている。

 5月7日に安倍晋三総理が「日本人は和を重んじ、排他的な国民ではなかったはず。どんなときも礼儀正しく、寛容で謙虚でなければならないと考えるのが日本人だ」と訴えヘイトスピーチ非難をしたのに連携するように、安倍昭恵夫人も自身のfacebookに「韓国のミュージカル『カフェイン』を観ました。楽しかったです」と書き込み、日韓関係の修復を試みる国際親善の手本のような文化外交を実践した。

 この書き込みには多くの賛同コメントがなされたものの、他方「心の底からがっかりしました。総理の邪魔をしないでいただきたい」「やめてほしいですね。日本国の為に」などのリアリズムを欠いた非難も殺到した。

 とくに批判コメントに対して昭恵夫人は、翌日の5月10日に「沢山のご意見ありがとうございました。真摯に受け止めます。毎日の行動は全部FBに載せているわけではありません。このミュージカルを観たことも載せないという選択肢もある中で、批判覚悟で載せました。どんなに甘いと批判されようが、すべての人や国と仲良くしたいというのが私の思いです。理想に向かっている私なりのアクションのひとつだとご理解ください。ご批判はいつでも、何なりとお受けします。よろしくお願いします」と立派な応答をしている。

 さらに6月6日の国会内での講演で、昭恵夫人は「原発に使っているお金の一部を新しいエネルギーの開発に使い、日本発のクリーンエネルギーを海外に売り込んだらもっといい」と述べている。折しも、5月29日に安倍総理はインドのシン首相と首相官邸で会談を行い、日本の原発を輸出するための原子力協定について協議を再開し早期妥結に向けて、交渉を加速させることを盛り込んだ共同声明に署名したばかりだ。

 インドは、核拡散防止条約(NPT)未加盟国で、核兵器保有国である。また、6月7日には、訪日したフランスのオランド大統領と会談し、包括的な原子力協力で合意した。日仏両国が、現在の国際秩序であるNPT体制を遵守することを前提として、新興国での受注を目指している日仏企業による原子力発電所の輸出を支援し、核燃料サイクルや高速増殖炉(高速炉)の研究開発、廃炉や除染で連携を深めるというものだ。だが、これらの重点はやはり原発の輸出に置かれているため、昭恵夫人の発言は、これら国策とも真っ向から対立している。

 では、なぜ安倍昭恵夫人のファーストレディーとしての活躍は、多くの週刊誌や右傾化した男性たちによる心ない攻撃の的となるのだろうか。 ・・・ログインして読む
(残り:約1500文字/本文:約3812文字)

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。


筆者

五野井郁夫

五野井郁夫(ごのい・いくお) 高千穂大学経営学部教授(政治学・国際関係論)

高千穂大学経営学部教授/国際基督教大学社会科学研究所研究員。1979年、東京都生まれ。上智大学法学部卒業、東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学専攻博士課程修了(学術博士)。日本学術振興会特別研究員、立教大学法学部助教を経て現職。専門は政治学・国際関係論。おもに民主主義論を研究。著書に『「デモ」とは何か――変貌する直接民主主義』(NHKブックス)、共編著に『リベラル再起動のために』(毎日新聞出版)、共訳書にウィリアム・コノリー『プルーラリズム』(岩波書店)など。

五野井郁夫の記事

もっと見る