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スノーデン事件を読む――CIAが見抜けなかった危険とは?

佐藤優 作家、元外務省主任分析官

 西側諸国のインテリジェンス機関を震撼させる事件(あるいは事故)が、現在進行中だ。

 米国政府が、テロ対策のためにインターネット上のメールやフェイスブックでのやりとりなどの個人情報を極秘裏に収集していることが明らかになった。

 6月5日、英国の『ガーディアン』紙が、NSA(米国家安全保障局)が米国の電話会社ベライゾンの通話記録を毎日数百万件収集していると報じた。一般の人々には、CIA(米中央情報局)、FBI(米連邦捜査局)と比較してNSAは馴染みが薄い。

 ただし、インテリジェンス(諜報)専門家にとって、NSAは米国の技術力を用いて、盗聴、通信傍受を行う世界最強のシギント(通信、電磁波などの信号を媒介とするインテリジェンス活動)で、盗聴、通信傍受、コンピューターへのハッキングが主要な手段になる機関であることは有名だ。また、NSAは、GCHQ(英政府通信本部)とも緊密な連携をとりながらシギントを行っている。

 翌6日、米国の『ワシントン・ポスト』紙が「PRISM」と呼ばれるプログラムを用いてNSAとFBIがインターネット上の個人情報を集めていたことを明らかにした。インテリジェンス業界においては、米国政府がウエビント(ウエブサイトを用いたインテリジェンス活動)を行っていることは公然の秘密で、「プリズム」の存在も以前から報道されていた。それだから、これまでの報道自体は、それほど大きなニュース性を持たない。

 しかし、この秘密情報をマスメディアに暴露したのがNSAの契約職員エドワード・スノーデン氏だということが明らかになり、事態が急展開した。同氏は、以前、CIA(米中央情報局)の技術職員として勤務していたことがある。しかも、同氏は米当局の捜査によって追い詰められて、情報漏洩を認めたのではなく、6月9日に自らが告発者であると『ガーディアン』『ワシントン・ポスト』両紙を通じて名乗り出た。

 ここで問題になるのが、米国のインテリジェンス文化である。戦前、戦中の日本陸軍は、インテリジェンスを「秘密戦」と呼んだ。目に見えない形で行われる戦争という意味だ。秘密戦という術語はインテリジェンスの本質を衝いている。

 米国は、インテリジェンスの本質が戦争であるということを十分に理解できていない。それだから秘密保全態勢に落とし穴ができる。NSAとの契約職員であっても、ほぼ無制限に高度な秘密情報にアクセスできるという事実が明らかになった。

 『ガーディアン』『ワシントン・ポスト』の報道がなされた後、ワシントンで情報源は米国インテリジェンス機関のどれかの高官であると噂されていたが、<そうではなく、情報漏洩者は、政府と契約している巨大会社ブーズ・アレン・ハミルトン社の比較的下級の職員だった>(6月11日『インターナショナル・ヘラルド・トリビューン』紙)。

 スノーデン氏が民間会社の下級職員であった理由は、能力が低いからではない。インテリジェンスに非合法活動は不可欠だ。それだから、万一、事故が生じたときに備えて外部の民間会社の下級職員のカバーで重要な任務に当たらせるのである。同氏の<年収は約20万ドル(約1980万円)>(6月12日『朝日新聞デジタル』)。このような高給で処遇していることからも、CIAの中堅幹部相当(日本の外務省ならば課長もしくは局審議官級、一部上場企業なら部長級)の扱いをスノーデン氏は受けていると見た方がいい。

 さて、重要なのはインテリジェンス業界の掟を熟知しているスノーデン氏が、FBIに逮捕されれば、厳しい尋問を受け、終身刑(もしくは100年を超える長期禁錮刑)で、一生、刑務所から出ることができなくなるリスクを冒して、このような暴露を行った動機だ。

 前述のようにスノーデン氏の年収は約20万ドルなので、高校中退者の中ではかなりの高給取りだ。中国やロシアのインテリジェンス機関とつながっているという見方もあるが、説得力がない。中国やロシアのインテリジェンス機関が関与しているならば、NSAの機密情報にアクセスできるスノーデン氏を温存し、協力を続けさせるという合理的選択をするはずだ。

 もちろん米政府の機密情報を暴露するスノーデン氏を事後的に、米国の同盟国でないインテリジェンス機関、特にSVR(露対外諜報庁)は、最大限に利用すると思う。そのことと、スノーデン氏が米国に敵対する国のスパイであったという物語は、位相を異にする。

 筆者は、スノーデン氏自身が

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筆者

佐藤優

佐藤優(さとう・まさる) 作家、元外務省主任分析官

1960年生まれ。作家。元外務省主任分析官。同志社大学神学研究科修士課程修了。外務省では対ロシア外交などを担当。著書に『宗教改革の物語――近代、民族、国家の起源』(KADOKAWA)、『創価学会と平和主義』(朝日新書)、『いま生きる「資本論」』(新潮社)、『佐藤優の10分で読む未来』(新帝国主義編、戦争の予兆編、講談社)など多数。

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