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金正恩体制でひどくなった「さかさまぶり」

小北清人 朝日新聞湘南支局長

 さまざまな事情から、その詳細を記すことはできないのですけれど、外から見ればどうにも奇妙なことが、北朝鮮で起きています。いかにも「北朝鮮らしい」話ではあるのですが。北を訪れた旅行者や亡命者、在日商工人たちが、体験したことを話してくれました。

 A氏の体験はこのようなものでした――。

 「なんだこれは」

 少し静かな場所で休んでいると、何とも騒がしい声が聞こえてきた。目を向けると、携帯電話を手にした男が大声で怒鳴るようにしゃべっていた。だが不思議だったのは、男が携帯で話している相手の声も、まるで携帯に拡声器がついているかのように、大音量で聞こえていることだった。まるでドラマのセリフのやり取りでも聞かされているみたいだった。

 携帯電話の「スピーカーホン」、つまり携帯を耳に当てなくても相手の声が外部に聞こえる設定になっているのだなと思った。

 このときだけではなかった。別のときに、携帯で話すのを間近に見る機会があった。やはりそうだった。携帯の向こうの声が、そのまま、大きな音量で聞こえてきた。その声とともに、数十秒ごと、キーキーと金属音が鳴るのを耳にし、何とも腑に落ちなかった。だが誰も、それを変だとは思っていないようだった。

 ふと思った。

 「これって、携帯電話での情報拡散を防ぐために北朝鮮当局が考え出した新手の対策ではないか?」

 A氏の見立ては、こういうことです。

 携帯での会話が周囲にダダ漏れなら、政治的な話、当局に密告されて困る話を携帯でする人間はいない。何をしたら自分の身が危ないか、北の人間は骨身に感じている。連絡事項、商売の話、家族の近況、そんなことしか携帯では話さなくなる。事実上、携帯による情報拡散を防ぐことになる……。

 北朝鮮で携帯電話事業が本格的に始まったのは2008年末。それから急速に、平壌(ピョンヤン)を中心に利用者が増えました。最高指導者・金正恩(キム・ジョンウン)氏自身は台湾製のスマホを使っている(北朝鮮当局配信の写真で、正恩氏の手元にそれが置いてあるのが確認されました)ようですが、携帯は一般国民の間にもどんどん広がっているようです。

 情報鎖国で体制を維持してきた北朝鮮ですが、ビジネスの必要からか、広がる携帯拡散の流れを遮断する動きは見えません。しかし同時に、当局が何らかの統制が必要と考えても不思議ではない。そのひとつがこの「スピーカー携帯」ではないのか、というわけです。

 北のすべての携帯がこう変わったとは断言できません。事実、当局者は普通に耳を当てて話す携帯を使っていたといいますから、いろいろなタイプがあるようです。だがもし、「スピーカー携帯」が情報統制のため広範囲に使われだしたのなら、いかにも北の当局がやりそうな、実に北朝鮮的な発想のたまもの、といえましょう。

 北をよく知る在日商工人が解説します。

 「北というのは、何というか、さかさまな国なんだ。金正恩に対する国民の忠誠心を絶対的に高めさせるために、『米国が核戦争を仕掛けてくる。首領のもとに命を懸けて団結せよ』と危機を演出、国民の恐怖心を煽る。こういう発想自体、どこかしら、論理がさかさまになっている」

 金王朝の恐怖政治システムを構築したのは故金正日(キム・ジョンイル)総書記ですが、韓国に亡命した北の元幹部によると、金正日氏の「お言葉」として教えられた「体制維持の必要条件」とは、

 「ほどほどの食糧、ほどほどの緊張、ほどほどの敵」

 でした。おそらく北の指導部は、

 「腹いっぱい食えるようになると、国民は何をしでかすかわかったものではない」

 と考えているのでしょう。

 「さかさま」ぶりは、金正恩時代のいま、富と利権を持つ特権層と、その他大勢の普通の人々との二極分化がさらに深まっていくなか、ひどくなる一方のようです。

 B氏が聞いた話です――。

 「北朝鮮では毎年春になると、学生らを大量動員し、農村奉仕に向かわせる。1週間から数週間、農場に泊まり込み、田植えや種まきなど農作業を手伝うことが義務付けられている。食糧事情の厳しい北にとって極めて重要な事業だ。泊まり込んでいる間の食事は、

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筆者

小北清人

小北清人(こきた・きよひと) 朝日新聞湘南支局長

朝日新聞入社後、大阪社会部、AERA編集部などを経て現在、朝日新聞湘南支局長。92~93年、韓国に語学留学。97年、韓国統一省傘下の研究機関で客員研究員。朝鮮半島での取材歴多数。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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