丹羽 宇一郎(にわ・ういちろう)/元駐中国日本大使
2013年07月10日
尖閣諸島や竹島をめぐる争いで、日本と中国、韓国の関係が悪化している。4月末には麻生太郎副総理ら160名余りの国会議員が靖国神社に参拝した。日本国のために命を捧げた英霊に、遺族をはじめ関係者が、静かに鎮魂の参拝をすることは、誰にも批判される筋合いではない。しかし、第2次大戦時、不幸な結末を招き、日本国民に甚大な被害をもたらした戦争指導者たちが同じ靖国神社に祀られているだけに、国民から選ばれた議員が衆人の注目する中、公人として集団で参拝することは、とりわけ被害を被ったアジア諸国の人々の想いも考えれば、話が違うという事になる。
日中韓首脳会談がソウルで5月末に予定されていたが、延期になってしまった。今年秋までに開かれることを願ってやまない。そこで首脳同士は何をすべきなのか。
世界第2、第3の経済大国である日中が、そしてともに民主主義体制の日韓が、小さな島を巡って争うのは、なんとばかげたことだろうか。首脳会談でやるべきことはただ一つ、領土をめぐる争いについて武力によって解決してはならないという「不戦の約束」をすることだ。
それから先は、実務の担当者が、漁業問題、海難救助、資源開発などについて話し合えばいい。小さな島をめぐる解決を一刻も争う必要はない。頭を冷やしてから実務者どうしで話すべきだ。
領土問題の争いは、歴史をみると、国際司法裁判所などの司法的解決、土地の売買や外交による解決、武力で争うという三つの解決方法しかない。
フィンランドとスウェーデンが領有権を争ったオーランド諸島の問題は、1921年に国際連盟の新渡戸稲造事務次長が中心になって「フィンランドへの帰属を認めるかわりに島を非武装とし住民の自治を認めよ」という裁定を下し、平和的に解決した。土地の売買は、米国がロシアからアラスカを買った例がある。しかし、多くの例は、解決に武力を使っている。尖閣や竹島では、いずれの方法もとれないのは明らかだ。
日中韓は、隣国同士で住所変更はできない。この前提に立って3国の協力を進めなければならない。
日中韓の自由貿易協定(FTA)は昨年春の首脳会談で、同年末の交渉開始が合意された。日本は韓国と協力して、中国を国際経済の表舞台に引き出すべきだ。たとえば、中国と、投資や知的財産権に関する協定を結べば、大きな懸案である投資環境の整備や、コピー商品などの問題を解決できる。中国にとっても国際ルールに従うことで外国から信頼を得ることができる。
経済活動の負の側面である環境問題は、日中韓が共通して対処し互いに利益となる問題だ。今年は、中国だけでなく、日本でも中国の大気汚染問題が大きく取り上げられ、西日本を中心に、黄砂やPM2.5の被害が憂慮される。地理的に近い韓国の被害は、なおさらのことだろう。
日本は高度成長期に公害に苦しみ、大気汚染対策の技術蓄積は優れている。火力発電所の浄化対策も優れている。こうした技術を活用すれば、東アジアの共通の利益になり、地域の平和と安定が生み出される。
政治問題は簡単に解決できないだけに、何はさておき、まず第1に日中韓での文化交流、人的交流を活発にして相互理解を進めなければならない。なかでも次の時代を担う青少年交流がスタートとなるだろう。
私は、日本の国際協力機構(JICA)の青年協力隊の若者たちの活動を中国で見てきた。日本語教師、野球の指導、介護、医療補助、植林などのボランティアたちが中国全土に散らばる。こうした活動を通じて、等身大の日本人を中国の人たちに見てもらえる。
70年前の軍国主義時代の日本人のイメージしかない中国の人たちに、今の日本の若い人たちを見てもらえるのだ。「同じ人間ではないか」と分かってくれるだろう。こうした活動は、中国のためにやっているというよりも、日本のためになる。しかし日本政府はこうした予算を削っている。残念なことだ。
中国や韓国の人たちも、たくさん日本に来て、今の日本人をみてほしい。観光を含め、スポーツ、文化など様々な交流こそが大事なのだ。
残念なのは、特に中国の方たちに言いたいのだが、政治外交関係が悪化すると、民間の交流までストップさせてしまうことだ。こうしたことは、避けなければならない。困難なときこそ、交流し、お互いの等身大の姿を知り合うことが大事だ。
(5月6日に朝日新聞AJWフォーラム、韓国・東亜日報化汀平和財団、中国現代国際関係研究院が共催しソウルで開かれた日中韓シンポジウムでの基調報告から)
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丹羽宇一郎(にわ・ういちろう) 1939年名古屋市生まれ。名古屋大法学部卒。62年伊藤忠(いとうちゅう)商事入社、主に食料部門に携わる。98年伊藤忠商事社長、会長をへて2010年6月から12年12月まで駐中国大使を務めた。最新刊に「北京烈日」(文芸春秋)がある。
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※本稿は2013年5月10日にAJWフォーラムにアップされました
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