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子どもたちの教育に対話型講義をーー埼玉県の先進的な「高校生白熱教室」の試み(下) 教育改革の可能性

小林正弥 千葉大学大学院社会科学研究院教授(政治学)

自分たちが議会の代表だと想像してみよう:生き方と高校生議会

 後半では「これからの時代の生き方」について「高校生が感じるこれからの生き方」として、高校生の意識調査のデータを見せつつ、「お菓子屋さんの家業を継ぐか、ヨーロッパでパティシエ(菓子職人)の修業をするか」「帰国後にパティシエとして開業して成功した後、魚釣りの趣味と町内会の役員の引き受けのどちらを選ぶか」というような問いを考えてもらった。

 その後、「これからの生き方と公共への関わり」というテーマで、A国(実は日本)の少子高齢化問題をデータで示し、政治的混乱が生じていて有効な対応策が打てず、このままでは2050年には財政は破綻することが確実になったと仮定した。

 そこで、このままだとその頃に大人として破滅的な事態に直面することになる今の高校生の意見を聞くことになり、各高校から代表が選出されて高校生議会が設置され、大人の議会との双方の意見によって、政策が決定されることになる、とした。会場は議会にも似ているので、自分たちがその高校の代表として意見を言うことになった、と想定してもらったのである。

 その上で、以下のような例を挙げ、これらへの賛否を聞いて、その理由を述べ、相互に議論をしてもらった。

●会社で経営再建に成功したBが国政に出て政党Bを組織し、国家再建のために全権を掌握することを主張した。その後、Bは首相となって人口増加のために、若い人は結婚や子供を産み育てる義務を負うという法律を作るという案を提起した。
●政党Cが、移民の大量受け入れ案や、女性が働きながら育児を容易にすることができるようにするための育児施設や仕組みを整備するという案を提起した。
●政党Dが、財政が破綻し今までの生き方はできないので、生活水準を考え直し、お互いに犠牲を払いながら自発的に子どもをなるべく産み育て助け合って生きていくように、これまでの生き方・考え方をみんながはじめから考え直す必要があると主張した。

 最後に、これらの政党のどれに投票するかを聞いたところ、B政党の支持者もいたが、C政党とD政党の支持者の方が多く、CとDの支持は同じくらいだった。

 少子高齢化問題を論じることは大人でも難しいが、高校生たちは、積極的に理性的な議論をしてくれた。たとえば、ある男性生徒が政党Bの対策を支持する意見を展開したのに対し、ある女子生徒が「不妊女性の心の傷になる」「自由を尊重しないのはおかしい」という反対意見を述べ、政党Cを支持した。

 他方で、政党Cの育児施設増加案には「今でも同様の政策が行われているが、財政難なのでこれ以上は難しい。もっと抜本策が必要」という批判が出され、政党Dの案には「みんなで考え直すというのは革命を起こすようなもので不可能」という批判が出された。

 大人がこのような問題を議論すると、どうしても自分の立場に影響されて意見を言うことになりやすい。これに対して、高校生は社会的な立場にとらわれないので、自由に新鮮な意見を述べていた。

 実は政治哲学でも、自分の具体的な立場にとらわれずに議論することを仮説的に考えて正義を考えるという有名な正義論(ジョン・ロールズの「無知のベール」という仮説)が存在するが、高校生の議論はそういった意味を持ちうる可能性すら感じたほどだった。

 高校生をはじめ若い世代の政治的・社会的活動には非常に興味深いダイナミックなものが存在するという(鈴木崇弘 「若い世代の声を聞こう!――彼らも黙ってはいない」WEBRONZA2013年6月26日)。確かにこの日の「高校生議会」の議論を聞くと、本当に高校生の議会を作って彼らの意見を参考にしたら、政治的に有意義な意味を持ちうるかもしれない。そのような夢想を思いついた次第である。

人生哲学・政治哲学・公共哲学と振り返り

 この日の議論は、前半と後半をあわせて全体として、道徳を含めた生き方の問題(伝統型、自由型、美徳型)と政治哲学・公共哲学(国家主義・保守主義、リベラリズム、コミュニタリニズムや共和主義)とが関連するように構成されている。そこで、最後に「まとめ」として、筆者からごく簡単にその関連を示唆した。短時間でこれらの思想の内容を十分に理解してもらうことはできないので、生き方と公共への関わり方が関連していることを感じてもらえればいい、と思って説明した。

 その後で、高校生たちに、短時間ながら、目を閉じて心を静めこの日の議論を振り返ってもらい、もっとも印象に残ったやりとりや、「自分の考え方が深化・変化した部分があったかどうか」などを考えてもらった。これは、 ・・・ログインして読む
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筆者

小林正弥

小林正弥(こばやし・まさや) 千葉大学大学院社会科学研究院教授(政治学)

1963年生まれ。東京大学法学部卒業。2006年より千葉大学大学院人文社会科学研究科教授。千葉大学公共研究センター共同代表(公共哲学センター長、地球環境福祉研究センター長)。専門は、政治哲学、公共哲学、比較政治。マイケル・サンデル教授と交流が深く、「ハーバード白熱教室」では解説も務める。著書に『対話型講義 原発と正義』(光文社新書)、『日本版白熱教室 サンデルにならって正義を考えよう(文春新書)、『サンデル教授の対話術』(サンデル氏と共著、NHK出版)、『サンデルの政治哲学 〈正義〉とは何か』(平凡社新書)、『友愛革命は可能か――公共哲学から考える』(平凡社新書)、『人生も仕事も変える「対話力」――日本人に闘うディベートはいらない』(講談社+α新書)、『神社と政治』(角川新書)など多数。共訳書に『ハーバード白熱教室講義録+東大特別授業』(ハヤカワ文庫)など。

 

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